小説

『トロフィー・ワイフ』村越呂美(『飯食わぬ女房』)

 中には、壁一面にびっしり、ブランド物のバッグと靴、服が並べられていた。私の驚いた顔に友人も気づき、部屋の中を見て、
「なんだよ、これ」と、呆然とつぶやいた。
 その時、後ろに気配を感じて振り向くと、冷たく湿った、嫌な笑顔を浮かべた、木原の妻が立っていた。
 私と友人は逃げるように木原の部屋を後にし、その足で警察署に寄った。私は以前会った、寺田刑事を呼び出し、木原の失踪を事件して本格的に捜査してほしいと頼んだ。
「それから、木原の奥さん、美沙子さんのことも調べて欲しいんです」と私は言った。
「奥さんが怪しいと?」
 寺田刑事に聞かれ、私と友人は顔を見合わせ、頷いた。
 それが、今から6年前のことだ。木原の行方はいまだにわかっていない。
 後1年で、木原は戸籍上、死亡したことになる。
 いったい、彼はどこに行ってしまったのだろう?
 私はそれを考える時、いつもあの部屋を思い出す。一生かかっても使い切れないほどの高価なバッグ、靴、ドレスやコート。
 とっても気がきいて、質素で、親切で、頭が良くて。
 木原の母親は木原の妻のことそう言った。でも、こわいのだ、と。
 木原美沙子、あの女性は今、どんな気持ちでその日を待っているのだろう。
 かつて「ダイヤモンドの独身男性」と呼ばれ、多くの女達に叶わぬ夢を見せ、多くの涙を流させたあの男の失踪宣告をし、この世から葬る日を。

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