小説

『トロフィー・ワイフ』村越呂美(『飯食わぬ女房』)

 私はその場で、木原とつきあいのある、共通の知り合い数人にメールをしてみた。
 そして、誰もが木原とはここ数ヶ月、彼とは会っていないということが、すぐにわかった。
 私はそこで、木原の妻に初めて会った。
 木原美沙子は、美しい女性だった。夫の行方がわからないという状況で、彼女はほとんど化粧気のない、青白い顔をしていたが、それでも、すっとした鼻筋と切れ長の目元が涼しい、上品な美人だということは、一目でわかった。
 ただ、トロフィー・ワイフというには、いささか年を取り過ぎているし、華やぎに欠けるように見えた。30代後半、というところだろうか。
 意外だったのは、彼女が身に着けているものだった。彼女は一見地味な服装をしていたが、よく見るとそれがかなりの高級品であることは、ファッションにくわしくない私にもわかった。バレンシアガのサマーニット、エルメスのバッグ、左手の手首にちらりと見えた腕時計は、ウブロだった。確か、百万円以上するモデルだ。
 木原は、ぜいたくな女を嫌いだったはずだ。
「あの、美沙子さんは働いていらっしゃるんですか?」と、私は木原美沙子に聞いてみた。こういうものは、彼女が自分の収入で買っていて、木原は知らないのかもしれないと思ったからだ。
「いえ、結婚してすぐに仕事は辞めました」
 では、木原も結婚して変わったのかもしれない。女房のブランド好きを許せるくらい、寛大になれたということか。
 私はそう考えながらも、なぜか、胸がざわついた。
 木原が変わった? 行方不明?
 それは、まったくもって、木原という男に似合わないことだった。良い意味でも、悪い意味でも、彼は「土地」というものに、縛られて生きていた。彼の家は昔ながらの地主で、その莫大な財産は、東京という地価の高い都会の「地面」そのものだ。投資家や商品開発で財を成した者とは、そこが違う。
 木原の仕事は、この街でしか成立しない。彼は、この街を離れては生きていけないのだ。変わらないことこそ、彼の人生なのだ。
 木原の行方がわからないまま、1か月が過ぎた頃、木原の母親から連絡があった。
「あの子の自宅を調べてみてもらえないかしら」
 木原の母親は、私にそう頼んできたのだ。小学校の頃から私達のグループは、木原の母親に世話になってきた。家に遊びに行けば、見たこともない豪華な料理を食べさせてくれたし、休みには別荘に呼んでもらった。彼女は金持ちの奥様なのに、面倒見が良く、世話好きで、私達を可愛がってくれた。

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