小説

『トロフィー・ワイフ』村越呂美(『飯食わぬ女房』)

 友人グループの5人は、全員小学校から附属の学校に通っていたが、みんなの家庭環境が似ていたかと言うと、そんなことはない。
 確かに私達の通っていた学校は、いわゆる<お坊ちゃん学校>として知られていたが、<金持ちのお坊ちゃん>と呼ぶのにふさわしいのは、木原だけだ。彼の家は、東京の都心に多くの不動産を所有している資産家だ。代官山の木原の実家は大邸宅で、彼の部屋としてあてがわれた、邸内の離れ家は私達のたまり場だった。
 それに比べると、私とその他の3人の仲間の親は、サラリーマンや公務員で、恵まれているかもしれないが、それほど裕福な家というわけではなかった。
 今にして思えば、私達は子どもの頃から、木原との距離感にずいぶん気を付けていたような気がする。
 自分は金持ちに媚びる男に見えてはいないか?
 女の子に人気のある男のおこぼれを狙う、卑しい男になり下がっていないか?
 心のどこかでそんなことを考え、自分を客観視する習性が、自然に身についていた。
 その習性は、私達を周りのクラスメイトよりも、少しだけ早く大人にした。年令に似合わぬ慎重さと落ち着きで、私達は女の子によくもてたし、勉強もそれなりにできた。
 生まれながらに恵まれた者以外は、自分のやるべきことを、黙ってやるしかないのだと、同年代の他の男達よりも、先に気がつくことができたからだ。
 私達はそれぞれ、一流と呼ばれる大学に進学した。別の大学に進学しても、私達の友達づきあいは続いた。サークル活動やゼミの仲間とのつきあいよりも、昔からの仲間と一緒にいた方が楽しかったからだ。
 経営学部に進学した木原は、理工系の学部に進んだ他の仲間よりも暇な大学生活を過ごしていて、よく素敵な女の子達を集めた合コンやパーティをセッティングしてくれた。
 大学時代からBMWに乗って、軽井沢や葉山に別荘を持っている上に、ハンサムな木原がもてないはずはなく、彼の周りにはいつも、びっくりするくらいきれいな女の子がたくさんいた。大学のミスコンに入賞する子はもちろん、タレントやモデルをしている女の子が、木原が主催するパーティにやってくることもあった。
 そして、木原とそういう女の子達の間には、しばしば深刻なトラブルが起きた。
 木原との交際のせいで、所属するプロダクションとの契約を打ち切られたグラビアアイドル、失恋のショックで就職に失敗した女子大生、妊娠、中絶……。
 大学を卒業して社会人になっても、木原の女性とのトラブルは、なくならなかった。
「いやあ、木原がまた女ともめているらしいよ」

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