小説

『縁日の怪人』小笠原幹夫(江戸川乱歩『少年探偵団』)

 今日も箱庭売りの屋台の前に立つと、杉男は箱庭の見本といろいろな道具を熱心に眺めていましたが、それらの品物の向こうの売り手のおじさんの顔に目をやると、オヤッと首をかしげました。どこかで見た顔だと思ったのです。
 というのも、以前にこの縁日でヘビの膏薬こうやくを売っていたおじさんとよく似ているのです。もっとも、ヘビ使いのときは鳥打帽とりうちぼうに襟のあぶらじみた上着、横じまのセーターにうす汚れたズボンという浮浪者じみた格好だったのが、きょうは白いセビロにパナマ帽という紳士ふうないでたちです。
 つまりうまく変装しているわけですが、その角ばったあご、げじげじ眉毛に、かなつぼまなこ、だんごっ鼻とぶ厚いくちびるには見おぼえがあります。
 小学校の先生や近所の大人たちの話によると、そのヘビの膏薬売りは、じつは人さらいであって、子供を魔法で眠らせると、その子供を軽々と肩にかつぎ上げて、横浜の波止場まで運んで行っては、サーカスの団長に売り渡している。その男は、東京の神楽坂や靖国神社の縁日ではすっかり顔を知られて悪事をはたらくことができなくなってしまったので、最近はこの八幡神社の鎮守の森に出没して、子供をさらうチャンスをうかがっているというのです。
 ただし、いまのところうまくいっていないというのは、ヘビの膏薬というのは、まず袋から生きたヘビを出して、自分の腕を噛ませ血を出してみせます。見物人はびっくりします。つぎにヘビの粉末でつくったという不思議な軟膏を傷口にぬると、あっというまに傷がなおってしまう仕掛けです。そのヘビを子供の目の前につきつけて、いちじ気絶させてしまおうというのが、男のこんたんでした。 
 ところが、その日はねらった子供にほんとうにヘビが噛みついてしまい、子供は気を失いましたが、それきりです。あわてて薬をつけましたが、もともとそんな薬はインチキにきまっていますから、子供は蘇生せず、失敗しました。
 二回目は虚無僧こむそうに変装して尺八を吹いていて、その音色につられて子供が寄ってきたところを、首からぶら下げた箱の中に入っている魔法の白い粉をパッと振りかけ、眠らせてしまおうとくだてました。虚無僧は編み笠をかぶっているので顔は見えませんから、これはなかなかいい思いつきです。ところが、あまりにも目立つ服装なので、映画の撮影とまちがえられ、うしろから人がゾロゾロとついて来てしまい、これも失敗。
 きょうが三度目の正直というところでしょうが、杉男はそんな人さらいのうわさなど信じていないので、べつに気にかかりません。夢中になって箱庭を眺めていると、置いてある豆人形の一つが、どうも動いているように見えてしかたがありません。オヤッと思い、なおも目をこらすと、その人形の顔は、同じ小学校のクラス友達のみわ子さんのように見えるのです。しかし、なにぶんにも豆つぶほどの大きさの人形ですので、たしかなことはわかりません。

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