小説

『スキル』わろし(『史記 孟嘗君列伝』)

 どうにかこうにか忍び込み、お目当ての狐白裘を見つけたまではよかったが、そのあとが惨憺たる有様。あえなく見つかり逃げ回り、物陰に隠れ見つかって、矢を射かけられてまた疾り、池に飛び込み、床下に這い込み、太い梁によじ登り―――。
「くそ」
 まさしく這々の態。なんとか肥桶を乗せた荷馬車の裏側に張り付き、ようやく脱出したのだった。

 多少臭うアレになってしまったが、とまうやらカノジョに気づかれもせず、
「ステキ!」
 ひとまず包囲は解かれた。
 しかし昭襄王も馬鹿ではない。どころか、なかなか英明なほうである。いつまでも女にほだされたままを期待できない。
 出国を急いだ。
 まさに間一髪。
 またもや気が変わった昭襄王が、すぐさま追手を差し向けたのだ。
「連れて来るには及ばぬ。追いついたら、その場で殺せ」
 かくして咸陽をスタートに、国境の関所・函谷関まで、捕まったら即死のレースになった。
 函谷関は山岳地帯にあり、峻厳な峡谷をまるごと塞ぐかたちで関所となっている。周囲の山々は険しく、国境を跨ぐにはここを通るしかない。古代から幾多の戦闘が行われた要所に、孟嘗君一行が到着したのは夜中だった。
 当然、昭襄王の追っ手も夜を徹して馬に鞭を入れているだろう。
「みんな、大丈夫?」
 と気遣いながらも、背後に追手の砂塵を見る思いの孟嘗君だが、あいにくと函谷関は閉じられていた。言うまでもなく、夜陰に乗じた密入国を防ぐためである。
 孟嘗君は焦った。
「開けて!開けてってば!」
 分厚い扉を叩きまくると物見の小窓から衛兵が顔を出して、
「無駄だよ。朝までは開けらんねえ」
「急いでるの!お願い!」

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