小説

『vanishing twin』朝蔭あゆ(夏目漱石『変な音』)

 この場所にあった何もかも、たとえばたったひとつの遠い約束さえも、手放さなければならない時がきた。
 安住の楽園を追われ、ぼくは何かを置き去りにしたまま世界を掴んだ。
 この身の一切が怒涛の中に投じられ、穴という穴を空気の冷徹が刺す。
 光を知ったぼくは、その時はじめて、失ったものの形を見た。
 ぼくの片割れは永遠に、あの優しい暗闇の住人なのだ。

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