小説

『こびとの町』卯月小夜子(『こびとの靴屋』)

ツギクルバナー

 ランプの灯りに照らされてハンス・シューマッハの横顔が煤けた壁に影絵のように映し出されていた。生気のないその顔には、薄暗がりの中でも憔悴の色が見てとれるほどだった。
『シューマッハの靴』
 家の外には祖父の代から続いた靴屋の看板が、先週の大風で傾いたままカタカタと音を立てている。
 数年前までハンスは、父親から受け継いだ職人技を駆使して堅実に仕事をこなしていた。祖父の代からの評判と人脈にも助けられ、食べるのには困らなかった。
 いつからだろう、気がついたときには、すでに町中に多くの工場ができていた。流れ作業で大量に生産された靴は価格も安く、品質も安定していた。ハンスは最新の工具や機器が出回っていたことさえ知らず、それらを使いこなす若い職人や経営者たちからすっかり取り残されてしまった。
 時代の変化が日々の生活を圧迫するようになっても、ハンスは新たな道を切り拓こうとはしなかった。ハンスが工房で働く姿を若い頃から見ていた妻のエマも、最初は夫の苛立ちを逆なでしないよう見守っていたが、しだいに不安を漏らすようになった。
「このままでは店がつぶれてしまうわ」
「ばか言え。パン屋のベッカーも一時は明日の小麦も買えないほどだったのが、今では大繁盛だ。仕立屋のシュナイダーだって……」
 ちょうどその時、噂の人物がシューマッハの店を訪れた。
「やあ、ハンス」仕立屋のシュナイダーは首の後ろをさすりながら入ってきた。流行りのジャケットがよく似合っている。「調子はどうだい?」
「ごらんのとおりさ」ハンスは愛想笑いを浮かべた。
「まあ、焦ることはないさ。うちも一時はどうなるかと思ったがね」シュナイダーは首の後ろに手をやると、商品の陳列台に積もった埃に目をやった。「時が来ればどうにかなるものだよ」
 その夜、ハンスは最後のお金で買った革を手に思案に暮れていた。祖父の代から続いた店が守れるかはこの革にかかっていた。なんとしても高値で売れる靴を作らなければならない。エマは街に出て道行く人のファッションを見てくるように助言したが、ハンスは聞く耳を持たなかった。
 エマが寝室に引き上げた後、ハンスはしばらく呆然とランプの炎を見つめていたが、焦れば焦るほど思考は鈍り、時間ばかりが過ぎていった。空が白みかけた頃、ハンスは半ば捨て鉢になって革を作業台の上に放り投げた。どうにでもなれ――工房を後にして寝室に入ると、長年連れ添った妻の隣に体を滑り込ませた。

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