小説

『寝太郎、その後』伊藤円(『三年寝太郎』)

「神さまの怒りは底が知れぬ。この村は再建などかなわない程に壊されてしまう。しかし、もし寝太郎を生贄に捧げたならば、神さまの怒りは静まり、洪水も稲が少し持っていかれるだけで済む。俺だって忍びないのだ、しかし、寝太郎は禍の元なのだ。寝太郎は呪われたのだ。あいつが居る限り、この難は毎年起ってしまうぞ!」
「そんな出鱈目を!」
 私は立ち上がって祈祷師に詰め寄りました。
「太郎さんを殺すなんて、偉業を思い出してください! 太郎さんのおかげで今の村がある! 祈祷師の言葉なぞいつだって大ぼらじゃありませんか!」
「そもそもあそこで寝太郎を始末しなかったのが災いの始まりなのだ! そして今もあいつは眠っている! また起き上がって村を救ってくれるというのか!」
「やめて! こんな言葉を信じてはいけません!」
 私はぐるっ、と振り返りました。
 しかし、村人は雨空よりもずっと黒く淀んだ目をしていました。
「村長!」
 駆け寄って、しかし、村長は私と目を合わせようとしませんでした。
「三助さん!」
 肩を掴んで、しかし、三助さんも口を開きませんでした。
「五吉さん!」
「……ユメさん、」
 五吉さんが何か言いかけてその時、
 どおん!
 また轟音が響きました。振り向けばやはり氾濫でした、どす黒い泥水がさっき溢れた濁流と合流して、まるで端から川だったみたいに幅を広げていました。
「こんな間にも着々と村の崩壊は続いている! 次は村長の家だ、五吉だ、三助だ! 毎年こんな水害に襲われたくないだろう! さあ! 村人よ立ち上がるのだ!」
 祈祷師が叫んで、
「……仕方あるまい」

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