小説

『寝太郎、その後』伊藤円(『三年寝太郎』)

 ぽつり、呟いて、それから目を瞑ってしまうのでした。それからはいくら揺さぶっても起きてくれず、そんなことを続ける内にふと、私にもいつもの眠気が襲うようで、
「太郎さん!」
 五吉さんの声に、はっ、と目覚めました。振り返ると五吉さんは、ばた、ばた、家に入ってきて、
「太郎さん、どうかお願ぇだ。村が、村が流されちまうんだ。どうか、助言を頼んますだ!」
 私よりもずっと大きな声で言いました。けれども太郎さんは、ごおう、ごおう、と外の雨よりも大きな鼾をかき始めるのでした。それから暫く二人で揺り動かすのですが、太郎さんは微動だにしませんでした。肩を落として二人家を出ると、いつの間にか他の村人が外で様子を窺っていて、大雨に髪や服を濡らして立ち尽くしていました。
「ど、どうしろゆーてた!」
「このまま、放っておけって……」
 私は、何とか言葉を捻り出しました。皆、しゅう、と頭を垂れました。私は酷く情けなくなりました。三年寝太郎のお話なんて嘘だったんだとすら思いました。けれども今、そんなことに目くじら立てている場合ではありません。
「私たちで、できることをしましょう!」
 私は、叫びました。
 石や、鍬や、籠や、網や、およそ水を塞き止められそうな道具を集めて、村人総出で上流に戻りました。少しずつ、少しずつ両岸を補強していって、蔵のように積る道具に幾らかは緩和されたようでしたが、結局、一時しのぎにしかすぎませんでした。次の関所を調べる間に、がちゃん、がちゃん、と決壊してしまいました。成す術がないように思えて、呆然と濁流を眺めてすると、
どおん! 
と雷鳴のような音が鳴り響いて、「きゃああ!」と村人たちの叫びも上がりました。見やればどこからか溢れた沢山の水が村の方へ流れていて、村外れの空家を倒壊させてしまっていました。屋根や、壁や、桶や、色々なものが力なく泥水に飲み込まれて、阿鼻叫喚の中、私も血の気が引きました。崩壊する村の未来がいよいよ真剣味を増して、村での楽しい暮らしが連想されて、しな、しな、その場にへたり込んでしまいました。
「見たことか!」
 後ろから声が聞こえました。振り返れば祈祷師がにやにや笑いを貼りつけていました。

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