小説

『浦島先輩と太郎』大前粟生(『浦島太郎』)

「どうしても助けたくないですか?」
「うん」
「じゃあ。それも編集でなんとかします。アフレコとか、俺たちが逃げるシーンとかでなんとかしますから。竜宮城にいくシーンいきましょう」
「は? さっきいったじゃん」
「いや。海にある竜宮城ですよ。助けた亀に連れられて竜宮城にいくんですよ」
「なんで?」
「いきたくないっすか?」
「いきたい」
「じゃあいきましょう」
「うん」
「じゃあ。おい、亀。海。入って」
「なんでそんなことを」と太郎がいった。
「ばらすよ?」と俺たちがいうと亀は黙った。
 俺たちが太郎の耳元にある提案ささやくと太郎は頷いた。というか頷かせた。俺たちは太郎が部屋に隠していたレイプビデオのことを話した。
 太郎は浦島先輩を背中に乗せて海に入っていった。
 浦島先輩は顔が海に浸かりきるまで俺たちに手を振っていた。俺たちも笑って手を振り返した。
 怒鳴り声や波しぶきが立つ音が聞こえて、しばらくすると聞こえなくなった。
 ひとりで戻ってきた太郎の首にロープを巻きつけて浦島先輩が浮かんでいるところまでひっぱっていって、ふたりのズボンのポケットに石を詰めて沈めた。

「あのね、おじいちゃん。今日、俺たちね。亀と浦島太郎を助けたんだよ」と家に帰ってから寝たきりのおじいちゃんにいうと、おじいちゃんは笑ったかもしれない。寝返りを打たせるともう腐りかけている。

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