小説

『お局ミチコと僧』ノリ・ケンゾウ(宮沢賢治『オツベルと象』)

と、突き放すように言ってそのまま歩く。それでも僧侶は付いてくるので、ミチコは腹が立ち、
「なんですか?警察呼びますよ。私は宗教には興味がないの。布教なら他を当たって下さい」と言うと、僧侶が、「ナンパです」と呟くように言う。
「え?」
「ナンパですよ、ナンパ。僧侶だって人間です。綺麗な人がいればナンパもしますよ。アイドルだってオナラをするのと一緒です」
 なんだこの胡散臭い僧侶は、とミチコは思ったが、面と向かって「綺麗」など、久しく言われる事がなかったので少しだけ気分が良かった。
「あなた清々しいわね。それにその格好。修行中なんじゃないの?」
「ええ。修行中ですよ」
「なのにナンパなんかして。大丈夫なの?」
「人を愛することも、修行のうちですから。アイドルだって恋愛をするのと一緒です」
「なんだかアイドルアイドルうるさいわね。それに愛がどうのって教えは、仏教じゃないでしょう?」
「さあ、分かりません。けれど人を愛することが悪行になるわけはありません。まあそれが煩悩だと言われたら、少しばかり困りますが」
「ああそう。で、あなたは私に何の用があるの?そろそろ帰りたいんだけど」
「あの、もしよかったら、私と一緒に海に行きませんか?ドライブしましょう。家に真っ赤なフェラーリがあるんです」
 そこで僧侶の発した、フェラーリ、という金の匂いのする音の響きに反応してしまうミチコは、
「あ、行きます」
 その後LINEを交換したお局と僧侶、何日か連絡を取り合いドライブデートの日取りを決めた。

 待ち合わせは二人が出会った銀座のど真ん中、ミチコは性懲りもなく携帯の液晶画面に目を凝らしてスクロール、して僧侶を待っており、何を見ているのかと言えば、「住職 年収」で検索したウェブページ。どうやら住職といえども年収などはピンキリらしく、しかしながら僧侶とのLINEのやりとりから推測する限り、僧侶がおそらく由緒正しきお寺の当主であり、かなりの財産を持っていると確信していたので、ミチコは浮かれながら画面をスクロール、スクロール。
 と、ミチコが欲に塗れているところに僧侶は真っ赤なフェラーリに乗って現れ、ミチコを手招きする。
「ミチコさん、こっちです」

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