小説

『柿の世界征服』相田想(『猿蟹合戦』)

 「おお、流石お蟹さん。ありがてぇ」
 そう云った具合に柿の種は道端から猿へそして蟹へと渡ったのである。

 蟹は柿の種の言う通り、景色の良いちょっとした小山の頂上に来て種を植えた。
 「それで、ん?後は水を掛ければいいの?」
 「ええ、ええ。もうそれで私は直ぐに柿の木になって柿を実らせますよ」
 やれやれ。一時はどうなる事かと思ったけれど、何とかなったわ。猿め、覚えてろ。あ、冷たい。この水の感じ。いい感じ。生命が漲るっていうか、力が湧いて来るっていうか、ぐぅんって感じ。あれ?でも思ったより、ぐぅんってこないかな。まあ、初めての経験だから、私。初めての事をする時って最初はなかなか巧くいかないものよね。蟹公もそんな私の気持ちを分かってくれるに違いないわ。何故って?私が特別だからに決まっているじゃない。あはん。
 「おいおいおいおい。まだかい?柿の種さんよお。既に10秒が経過しているよ」
 「え?あ、ええ。もうすぐで地面から顔を出せそうな気配はするんですけど」
 「あー20秒。まだなの?腹減ってんだけど」
 「えーっと…私も初めてだからこういうの。もう少し時間を呉れないと…」
 「直ぐっつったじゃんよぉ。直ぐに柿を食わして呉れるっつったじゃんよぉ。まさかてめぇ僕を騙しやがったな?」
 「いやいや、もうすぐなんですけどね、ホント」
 「おいおいおいおいおいおい。一分経っちゃったよ。仕方ねぇ。種を食うか。知っているか、真の柿の愛好家ってやつは種までガジガジ食べるんだよ。なあ、いいかなぁ?地面から掘り出しても。ガジガジ食べていいかなぁ」
 ちょっと!話が違う。あの鈍くさい猿と違って話が通じる奴だと思ったらとんでも無いイカレ野郎だった。もう、どうして私ばかりこんな目に遭うの?私が特別だから?うんっ。それなら仕方が無いわ。うふ。ちょっと本気出せば出来るわ。にょき。
 柿の種はその選ばれし能力をフル稼働させ、何とか地面から芽を出す事が出来た。その芽からは、どう?こんなものよ。という彼女の傲慢な雰囲気が溢れ出ていた。が、それを物ともせず蟹は言う。
 「おお。やればできるじゃないか。よしよし、どんどん行け。大きくなれ。な。僕はその芽を食べて乙に澄ます事が出来るという事実を今のうちに伝えておこう」
 なんなの?今頑張ったばかりじゃない。これ以上私は自分に負担を掛けたくない。私は自分のペースで生きたいのよ。成長の過程が大事なんじゃない。それをこの蟹ときたら全く分かっていない。何が柿の愛好家よ。偽物に違い無いわ。偽者偽物偽物偽物!

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