小説

『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)

「うーむ。坊主のことじゃ、何やら修行でも、」
「ヤマビコどん、ちがうぞ。よいか、我が仇である坊主のことを、良く言うのは癪じゃが、奴は父親譲りの美青年じゃった。そう、昨晩奴は大量のヤマンバどもに追われておったのじゃ」
「ほう」大天狗が大きく反応を示す。続けて祟り神が
「それもかなりの数じゃ。あれほどの数の異形の者たちがおると巡り合わせの悪いことが起きるのは必然。物の怪どももざわついておったわ」
 そこに天狗が付け込む。
「つまりその責任の所在は、彼奴等の胴元である姥ゴンゲンにもあるってえわけだ」。
「あら、姥ゴンゲンさま飛び火ですよ」雪女郎はワクワクして言った。
「詭弁じゃ」
 するとエンマが
「否、賢者ともあろうものが、巡り合わせを軽んずるとは許せん」といつもの調子で言った。
「ふん、偉そうに言いよるのうエンマ、小娘に引っ掻き回されてからに」
「さぁさぁエンマ殿、坊主を殺した責任は誰にある。そやつを殺してわしもようやく成仏できる」
「祟り猫よまて、今日は犯人探しをしておるのではないのだ」
「はぁやれやれ、ややこしい人を連れてきたものですねスダマさん」加茂ノ川ノ主はうんざりであった。するとそこへ、現場検証班の副班長であるらしいスダマが割って出てきた。
「エンマさま、わたくしはもっと大局的に見てですね、原因と責任の所在を述べたいんです。つまりですね、今回の仏さんは谷に落ちてぐしゃっとなったんですがね、どうもこの谷の川の量が、今年は極端に少ないんですな。故に仏はむき出しの岩に当たったと。例年のように雪が降っとればここはいつもあふれんばかり濁流の川なんです。」
 それを聞いてこれまで穏やかだった雪女郎が睨みつけた。
「そなたは私に責任があるとでもおっしゃるの」
 スダマ副班長は続けた。
「今年はあまりにも雪が降り始めるのが遅いのでして、それゆえに助かる命も…」
 そこまで言ったところでスダマ副班長は凍った。雪女郎が凍らせたのだ。立派な勇気であった。気の毒に思った姥ゴンゲンが、
「こら雪女郎、そこまでせんでええじゃろう」

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