小説

『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)

「しかしまだこちとら駄賃をもらっとらんのでやんす。あの竜が言うには運ぶ代わりにウロコをくれるというんで、ここまできたんで。つまりはその、まだウロコをもらっとらんので。」それを聞いて加茂ノ川ノ主が驚いた。
「まぁなんと。あなた羅刹なんかに竜のウロコをあげる約束をしたのというのですか?にわかに信じられませぬ」
「へい。そうでやんす。竜のウロコはぎょうさんの銭で売れますよってに。へへ」
 一匹の羅刹が嬉しそうに言うと、
「だまらっしゃい。お前この羅刹め。いいえ。そうです。あなたもなんというものを駄賃にするのですか。親族の恥ですよ」
「おいおい、いまは竜神のウロコの話をしてる場合じゃねえ。俺はとにかくここに羅刹が四匹もいるってのが癪にさわってしょうがねぇやい。おいエンマなんとかしろやい。こいつらお前さんの命令ならなんでも聞くだろうからよ」
 はっと我に返ったようにエンマは顔をぷるっと震わせた。
「まぁ落ち着け大天狗。羅刹よ。貴様らにはおって褒美を取らせる。はようここから出て行け」
「へ、へい」
 不満そうな顔で羅刹たちが銭湯を後にした。エンマの入るフンニョウ風呂がぼこぼこ音を立てた。それを聞いて大天狗が、
「エンマとあろうものがやけに優しい口調じゃあねえか」
「いやなに、」エンマがそう答えると遮るように竜神の娘が
「お願いでございます。エンマさま。この私、恥を承知でここまで馳せ参じました」
「ぐぬぬ、お主」
 竜神の娘はその透き通る声でさらに続けた。
「そうです。あの時のお返しだと思ってどうか」
 それを聞き、姥ゴンゲンと加茂ノ川ノ主が眉間にしわを寄せた。
「あの時とはなんじゃ?」
「なにかエンマさま、この娘に借りでもございますの」
「いやそのなんでもないんじゃがな」
 エンマの焦りに竜神の娘は畳み掛けた。
「はいおばさま。その昔の話ですが、恥を承知で述べさせていただきます。その、」
「はやくおっしゃいな」

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