小説

『彷徨えるプリンス』上田未来(『白雪姫』『赤ずきん』『ヘンゼルとグレーテル』)

「ああ、あの赤いずきんの女の子かい? 僕はその子にこれを頼まれたんだよ」
 ということは、赤ずきんはここへは来ない? あり得ないことが起こっていた。これから自分はどうしたらいいんだ?
 オオカミは考えた。赤ずきんが来ないとなると、非常に困ったことになる。オオカミは赤ずきんを丸飲みすることになっているのだ。それなのに丸飲みするものがないなんて……
 ――そうか。この男を丸のみすればいいんだ。この男は赤ずきんの代わりなのだ。つまりは代役だ。
 オオカミはこれから自分のとるべき行動がわかってほっとした。
 さっそくオオカミは、例の儀式を始めることにした。あれだけは譲れない。
「あんた、わたしの顔を見て、なんか気づくことはないかい?」
 部屋の壁を熱心に見ていた男が、オオカミのほうを向いた。顔を近づけてから男は、
「ずいぶん毛深いね」と言った。
 ……困った。どうやら、この代役は自分が何を言うべきか知らないらしい。オオカミは誘導を試みた。
「ほら、ここだよ、ここ。ここを見て何か思わないかい?」
 オオカミは横を向いて、耳を男によく見えるようにした。
 男はしばらくオオカミを見ていたが、
「うーん、長い耳だね」
「……そうじゃなくて、耳全体が、ほら」
「毛深い」
「……」
 オオカミは頭を抱えた。このまま男を丸飲みすることだってできる。が、これ以上の変更はしたくなかった。ただでさえ、飲み込むものが違うのだ。このやりとりだけはきっちりこなしたかった。
「そうじゃなくて、この耳をあんたの耳と較べてみて、どうだい。大きさは?」
「ああ、おばあさんのほうが大きいね」
 ……台本どおりの台詞ではないが、ニュアンスは同じだろう。これで我慢することにしよう。オオカミは一度大きく息を吸ってから、次の台詞を言った。
「それはね、お前の話をよく聞くためだよ」
 定められた行動をして、オオカミは気分が落ち着いてきた。
「ほかに、わたしの顔で気づいたところはないかい?」

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