小説

『彷徨えるプリンス』上田未来(『白雪姫』『赤ずきん』『ヘンゼルとグレーテル』)

 ふとした瞬間、王子はいま自分がどの物語の中にいるのかわからなくなってしまった。
 馬上で微睡んでしまったのがよくなかったのかもしれない。しかし……
 ――そもそも多すぎるんだ。
 王子は頭を振った。
『白雪姫』に『シンデレラ』に『ラプンツェル』に『眠れる森の美女』に……。なぜにこれほどまでに多くの役をひとりでこなさなければならないのだろうか? しかもどれも似たような役ばかり。どれもいい役だというのは認めよう。だが、主役ではない。出番も少なく活躍の場もない。いつも結局、主人公と結ばれるだけだ。
 王子はひとつ大きな息を吐き、馬を常足で進ませながら森を見廻した。
 この森の雰囲気からして、この物語は『白雪姫』だろうか? 塔が見えないから『ラプンツェル』ではないはずだ。
 王子はますます気が滅入ってきた。
『白雪姫』は好きな話ではなかった。女の死体を見て気に入り、城に持って帰ろうとするなんて馬鹿げているとしかいいようがない。ほんとうはそんなことなどしたくはないのに……
 だが、するしかないのだ。それが筋書きなのだから。
 王子はゆっくりと馬を進ませた。森の小道に木漏れ日が射しこみ、素敵な日だった。
 ――こんな日は、どこか自分の知らない場所に行ってみたい……
 王子が顔を横に向けると、ちょうど楡の木から葉が落ちていくところだった。王子はひらひらと落ちていく木の葉をじっと見つめた。顔をあげ、楡の木を見ると、それは何事もなかったかのようにそこに立っている。王子は手を伸ばしてもう一枚葉を摘み取って下に落とした。それでも楡の木にはほとんど変化がないように見えた。
 その瞬間、ある考えが王子の頭を過った。
 もし、自分がこの物語からいなくなったらどうなるだろう?
 彼女たちが王子と結婚するという筋書きは崩れるが、なにも白馬の王子と結婚することだけが幸せになる道ではない気がする。告白するが、自分は大した人間ではない。なにせ何もできないのだから。すべてのことは周りの者がするから、何もできないままなのだ。きわめて退屈な人間であることは保証できる。
 事実、結婚する相手も最初は喜ぶが、その喜びは徐々に冷めていく。環境も同じだ。どれだけ豪華なものに囲まれていても、毎日見ているうちにそれらは何の感動も呼び起こさなくなるものだ。
 宮中の生活を例えるなら、籠の中の鳥だった。籠の鳥は、常に餌を与えてもらい、鷲に襲われる危険もなくなるが、もう二度と自由に大空を羽ばたくことはできなくなるのだ。

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