小説

『桃産』大前粟生(『桃太郎』)

「いいニュースと悪いニュースがあるの」とカオリさんはいった。

 いいニュースは、カオリさんの〈鬼が島〉ゾーンがかなりいい感じでエアロビクスの先生に褒められたこと。悪いニュースは、サキさんが流産したこと。

 私はカオリさんとエリカさんと駅で待ち合わせして、サキさんの自宅に向かった。自宅での桃葬だった。エアロビクスジムにいた人たちがみんな喪服を着て集まっている。家につづく列でだれかがつまづいたら、妊婦さんたちはドミノみたいに倒れて、みんなの膨らんだお腹が破裂してしまうんじゃないだろうか。玄関に急ごしらえされた受付で香典を渡して、家具が退かされた大きなリビングに通される。香典の金額が妥当だったかどうか、カオリさんとエリカさんがひそひそ声で話している。妊婦ばかりが正座する。もしだれかがここで陣痛を起こしたら、桃葬は台無しになる。でも、そっちの方がみんな気が紛れていいかもしれない。重たい空気が、桃産というハプニングにかき消される。でも、だれにも陣痛は起こらない。お坊さんたちが木魚を叩きながら〈桃太郎の歌〉を合唱している。
 遺影の代わりにリビングの最前の中央に置かれた巨大な桃型のオブジェのところにお焼香をあげにいく。その隣で死んだような目のサキさんとサキさんの夫がお辞儀をしている。サキさんの隣に男の子がいる。胴体がすっぽりと桃に覆われていて、まるで着ぐるみをかぶっているみたいだ。私は障害を持った桃をはじめてみた。重度の障害なのだろう、手足だけじゃない、頭まで生えている。どことなく参列者たちはみんな、その桃の方を見ないようにしている。けれど、いや、見てはいけないからだからだろうか、私はその桃をかわいいと思った。
「ミカちゃん」といってサキさんは泣いた。私はサキさんを抱きしめた。
「順番がちがうんだろうけどね」サキさんは嗚咽しながらいった。「腐るといけないから、先に桃、火葬してもらったの。燃えると、燃えるんだね。種も残らなかった」
 葬儀が終わると、妊婦たちに白湯ときびだんごが振る舞われた。みんなサキさんを慰めている。トイレから出て廊下を歩いていると、桃がぶつかってきた。
「なんていうお名前?」私はしゃがんでその桃に聞いた。
「タロウ」喋った!
「へぇ。私のお腹のなかにいる桃ちゃんといっしょの名前だねぇ」
「うん。知ってる」
「知ってるの? すごいねぇ」

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