小説

『桃産』大前粟生(『桃太郎』)

「ほんとだ、この服すっごいかわいい。いくらしたの?」とカオリさんがいって、
「3000円なんですよぉ。やばくないですかぁ?」とエリカさんがいった。
 あれ? と思っているうちに、サキさんがもどってきて妊婦会がつづいた。私はなんとなく察しがついていたけど、だれもそのことを私にいってくれないのならば、聞くべきではないのだろうと思った。
 3人とも桃産経験者で、パンフレットにも書いてあったような妊婦さんにダメなことを改めて教えてくれた。もちろん飲酒や喫煙はだめ。プラスチックの食器はだめ、マグロなどの魚の赤身もだめ、チーズも控えた方がいい、卵は生で食べちゃいけない、猫に触るのもだめ、高い所にあるものを取らないこと、車の運転だけじゃなくて自転車の運転もだめ、カモミールティーもレモングラスもジャスミンティーもだめ、あれもだめこれもだめあれなんか絶対にだめ! この歳になって母親から口うるさく説教されているみたいで、私は「じゃあ、なんだったらいいんですか?」と大き目の声でいった。
「そうねぇ。やっぱり、きびだんごかしら。桃ちゃんにとってもいいの。私たちいつもカバンのなかにいれて持ち歩いてるのよ?」
「ねー」といって3人ともカバンのなかからラップに包んだきびだんごを取り出した。
「ちょっと食べてみなよ」といわれて、食べてみた。
「どう、桃ちゃんがよろこんでるのがわかるでしょ?」
「はい。そうですね」べちょべちょしてる。

「おお」隣で夫が感嘆の声をあげて、エコー写真と私のお腹を繰り返し見た。はじめて妊婦会をしてから時間が経った。私のお腹は大きくなってきた。今日は夫も検診についてきた。お腹のなかにいるのはもう、種ではなかった。エコーに映る、小型の桃だった。
「すごい、こんなのが人の体のなかに入ってるんだ」といって夫は剥き出しの私のお腹を触った。「あ、いま動いたんじゃない?」
「お名前はもう決められました?」と先生が半笑いでいった。
「まだちょっと、早くないですか?」
「驚かすわけじゃありませんが、早期桃産の可能性を否定しきることはできませんからね」
「はぁ」
「男の子ですからねぇ」
「えっ、男の子なんですか?」

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