小説

『オリザに灯る火』清水その字(宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』)

 大博士の代わりに、局長があれこれと教えてくれた。二十年前の冷害に際し、飢饉の再来を防ぐためにブドリとクーボー大博士が立てた計画は、火山噴火によって炭酸ガスを発生させて気温を高めるというものだった。二人とも同時にそれを考えつき、噴火させるならばカルボナード火山島しかないとの結論に至ったという。それはかの火山が、炭酸ガス以外のものをほとんど吹き出さないと分かっていたからだ。火山灰が大量に降ればますます冷害が悪化するため、カルボナードの火山島が理想的だったのである。
 結果、狙い通り火山から吹き出した炭酸ガスによって気温が上がり、飢饉は回避された。そして最後の噴火工作を担当したグスコーブドリは、島から帰ってこなかった。
「ブドリも大博士も、最後の仕事をした者は生きて帰れないと分かっていた。ペンネン技師は若いブドリより、自分がその役をやるべきだと言ったそうだが……」
 局長はしみじみとため息をついた。しかしここまでは私も知っていることだった。ただこの火山局長も生前のブドリを知っている人物で、彼から脚色のない話を聞けるのは十分価値あることだが。
「局長、貴方はブドリさんが火山局へ来たとき、先輩技師として彼を指導したのですよね。当時の貴方から見て、ブドリはどんな若者でしたか?」
「今、世間で言われているほど、凄い人物という気はしなかったね」
 口に含んでいたお茶を飲み下し、局長は微笑んだ。
「ただ勤勉なのは大したものだと思った。労を労とも思わないのだから。仕事の飲み込みも早かったし、クーボー大博士が気に入るだけのことはあるなと思ったよ」
 頷きつつ、彼の言葉を手帳へ書き込んだ。私は速記術が得意で、先輩や編集長からも褒められている。
「人工降雨もブドリの発案だが、あれは彼の才能というより、願望によって実現したものだね。沼ばたけで働いていたとき、日照りには散々苦労したそうだから。そして、冷害も……」
 農民の暮らしが楽になるようにという切実な願望を、ブドリは実現していったのだ。生まれ持った才能などではなく、自分の経験によって生まれた強い願いが彼を動かしたということだ。飢饉の再来を防ぐため、自ら犠牲となったのもそのためだろう。
「ペンネン技師は亡くなるまで、ブドリさんのことをあまり話さなかったようですし、クーボー大博士もそうですよね」
「ああ。私も今日、大博士からどんなお話を聞けるか、楽しみだった。今生きている人間で本当にブドリのことを理解していたのは、あの方と妹さんくらいだろうから」
 残念そうに頷く局長だが、ふと思い出したように目を見開いた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9