小説

『オリザに灯る火』清水その字(宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』)

 青空が緑色に濁り、日や月が銅色になった。
 その日の光景を見た人たちはそう語る。赤ん坊だった私も見たはずだが、母に抱きかかえられて見たという景色を覚えていない。だがその日に死んだ火山局技師の話を、父からよく聞かされた。農民の子である私もまた、彼によって救われた大勢の子供の一人だった。イーハトーブでその英雄を知らぬ者はいない。彼の死から今年で二十年目。町では彼の命日を前に、式典の用意が進められている。私の職場でもそうだ。
「巷で言われているような英雄像を、ただ並べ立てても仕方ないのだよ」
 立派な髭を小指で掻きながら、編集長は言った。
「これは我々新聞社の責任でもあるが、彼の業績や人柄はいささか脚色されているからね。今やあれから二十年も経った」
「自己犠牲を美化するのはよくないという、批判も聞かれるようになってきましたね」
 そう返したのは私の先輩だ。いつも穏やかな声の人で、口数は少ないが優れた記者として知られている。私も何かとお世話になっており、今度の仕事も一緒に取り組むことに決まった。編集長は一つ頷くと、こちらに向かって微笑んだ。
「かのグスコーブドリがどういう人だったのか。それを見つめなおす機会になるような、そんな特集にしたいのだ」



 準備には少し手間がかかったが、翌日には先輩と私は取材へ出発した。最初に向かうのは火山局。イーハトーブに存在する三百以上の火山を監視し、必要あれば工作を行って噴火を抑制する重要な組織だ。それだけでなく農業技術の開発も行なっており、最も素晴らしいものは人工降雨の発明である。潮汐発電で作られるエネルギーを利用した技術で、それからは農民が日照りに悩むこともなくなった。私の実家もその恩恵にあずかっている。生前のグスコーブドリはそんな火山局の技師として、こうした偉大な事業に携わっていた。
「彼は十歳の頃、冷害による飢饉で一家が離散した」
 道を歩きながら、先輩が英雄の経歴をおさらいした。彼の足取りは決して遅くはないが、不思議とゆったりとして見える。
「十六歳までは農家に居候して沼ばたけで働き、その後新たな仕事を探してこの町へ来た」
「そして火山局へ就職し、ペンネンナーム技師の助手になった……ですよね」
「うん」

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