小説

『シャーロットの日記』朝蔭あゆ(『浦島太郎』)

「わかったわ」
 ママはとうとう根負けしたように言った。
「帰りに、近所に伝えて帰るわね。この家に明かりがついていたら驚かれちゃうもの」
「ありがとう、ママ」
 その日から数日、私はおばあさまの部屋に寝泊りをすることになった。
 こんな田舎では、日が暮れてしまうと何もすることがない。そんな時は黒い日記帳を開いた。ベッドに寝そべり窓を開け放つと、風になびくカーテンの向こう、夏のまろやかな月明かりが私を包み込む。日記帳を開いて眠ると、決まって小さなシャーロットに会うことができた。
「アリス、会いたかったわ!」
 私がそっと耳元で名前を呼ぶと、彼女は弾かれたように振り向いて、私の首にしがみつきながらいつもそう言った。ひとしきり頬をこすりつけると、ぱっと顔を離して私に尋ねる。大きな瞳に、いっぱいの好奇心を湛えて。
「今日は何をしようかしら」
「そうね、水車を作るには、もう寒いものね」
 すべての音を吸い込む、雪の気配がした。
「アリス、私ね、お母さまを手伝ってクッキーを焼いたの。一緒に食べましょう」
「それは素敵ね。紅茶はあるかしら、シャーロット」
 私は毎晩のように、おばあさまの日記帳を開いて眠りについた。冬には暖炉の前で語り、子守唄を歌った。春には庭へ出て、爛漫の中で花冠を編んだ。夏には、きらきらと光る水路の水に足を浸して遊んだ。
「今度こそ水車の作り方を教えてね、アリス」
「ええ、もちろん」
 そう約束して、私はその晩の小さなシャーロットと別れた。けれども次に会った彼女は、少し成長しているように見えた。
「アリス、会いたかったわ。どうして来てくれなかったの。待っていたのよ、ずっと」
 もう私の首にしがみつくことはなく、その代わりに、小さな(と言っていいのかわからない年のようだったが)シャーロットは泣いていた。
「どうしたの、シャーロット」
 私は驚いて、涙で頬に張り付いた前髪をかきあげてやりながら尋ねる。すると彼女は、しゃくり上げながら私の腕を掴んでこう言った。
「海の向こうで、パパが死んだわ」

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