小説

『シャーロットの日記』朝蔭あゆ(『浦島太郎』)

「はい、タオル。ちゃんと拭いた方がいいわ。怪我はしてない?」
「ありがとう。怪我はしていないけれど、せっかくのワンピースが濡れてしまったわ」
 その子は私からタオルを受け取ると、髪や手足を拭い始めた。よほど気に入っているのか、びしょびしょになった服をしきりに気にしている。
「洗って干せば、服は大丈夫よ。それよりも、あなたが風邪を引いたら大変」
 私は女の子からタオルを取り上げ、ごしごしと濡れた髪を拭いてやった。その子はしばらくされるがままになっていたが、不意に顔を上げて私を見た。きれいなハシバミ色の瞳をしていた。
「ところで、あなたはだあれ?」
 手櫛で髪を整えてやってから、私は答える。
「シャーロットよ」
 すると、くりんと丸いその子の瞳が、驚きの色を湛えて一層見開かれた。
「シャーロットは私よ」
 今度は私が驚く番だった。シャーロットという同じ名前。なんだか、ついさっきも同じことがあったような――
「私はシャーロット=エルフォード。ここに住んでいるの。それで、あなたの本当の名前は?」
 ざわざわとした私の疑いは確信に変わった。辺りを見回せば、色づいた庭の木々が風に揺れている。夕暮れの涼しさと思っていたが、どうやら違うらしい。どこからどう見ても、それは夏の風景ではなかった。
 私は目の前の少女に目線を戻した。まだ湿っている栗色の髪をした少女。少し低くて丸い鼻。負けん気の強そうな瞳。スカートの下に、
「……足はあるわね」
 ということは、幽霊というわけではなさそうだ。
「え、なあに?」
 私が低くつぶやいたのを聞きとがめて、小さなシャーロットは私の顔を覗き込んだ。
「いいえ、なんでもないの」
 私は首を振った。幽霊にしたって、何もわざわざ幼い姿で出てくるということはないだろう。きっと夢の中なのだ。
「ごめんなさい、私はね、えっと……アリス。アリスというの」
 とっさにママの名前が口を突いて出た。シャーロットとシャーロットでは、話をするにも勝手が悪い。まして相手は小さな女の子だ。混乱するに決まっている。
 私の答えを聞いて、小さなシャーロットはにこりと笑った。

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