小説

『シャーロットの日記』朝蔭あゆ(『浦島太郎』)

 次のページは、中表紙に書き留めてあったひとつ目の日付と同じそれから始められていた。
『――19XX年 10月7日 お誕生日にこの手帳を買っていただきました。だから、今日より日記をつけてみようと思います。
 何を書いたらいいのかわからないので、自己紹介から始めます。あなたとは、長いお付き合いになるものね。私の名前は、シャーロット=エルフォード。今日で七歳になりました。』
 私は思わず微笑んだ。まだ少し拙いような筆記体で綴られているその日の日記。おばあさまったら、日記帳に向かって自己紹介なんてしている。
『日が暮れた頃に、久しぶりにお父さまが帰っていらっしゃいました。私のお誕生日に、あなたを連れてきてくださったの。お母さまは、まだ私には早いとおっしゃったけれど、私はとても嬉しかったわ。』
 確かに、黒くて大きな革の手帳は、七歳の女の子への誕生日プレゼントとしては不似合いかもしれなかった。『あなた』というのは、この日記帳のことだろう。
『お母さまはお夕食に、私の大好きなミートパイを焼いてくださいました。それから、小さなバースデーケーキも。お誕生日の人は、特別にケーキを二切れ食べてもいいことになっているのよ。おかげで、今はとてもお腹いっぱい。』
 隅の方に、小さな絵が添えてあった。丸の上に三角が重ねて描かれている。多分ケーキなのだろうけれど、これではなんのケーキだかさっぱりわからない。幼いおばあさまに、残念ながら絵心はなかったようだった。
 窓からの風が変わった。日が傾いてきたのだろう。私は少し伸びをしながら庭の方へ目をやった。その時だった。
「きゃあ!」
 近くから、小さな女の子の悲鳴が聞こえた。驚いて窓に駆け寄ると、庭の奥にある用水路の辺りに、栗色の髪をした少女の姿が見えた。水の中に落ちたのか、草の上でワンピースの裾を絞っている。
「ねえ、大丈夫?」
 私は少し大きな声を出して、その少女に話しかけた。彼女はしばらく声の出処を探すように首をめぐらせていたが、すぐに私を認めたようだった。
「落ちてしまったの! もう、水浸し!」
 少女も叫び返した。大声を出すくらいの元気はあるようだ。
「待ってて、今そっちに行くわ」
 私はそう言いおいて窓から体を引っ込めると、階段を降りて庭へと出た。いつの間にやら、外はすっかり過ごしやすい気温になっている。

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