小説

『シャーロットの日記』朝蔭あゆ(『浦島太郎』)

「なにかしら」
 私はそれを手に取った。ずっしりとした重みがある。小さな鍵が付いていて、そのすぐ上に黒いリボンがあしらわれていた。裏返してみると、かすれてはいるが、金文字で刻印がされている。
「“シャーロット”……」
 それを口に出した私は驚いた。そこに刻まれていたのは、私の名前だったのだ。
「ママ! ねえママ!」
「なに、どうしたっていうの」
 突然私が頓狂な声を上げたものだから、さすがのママも驚いたらしい。階段の下から叫び返してきた。私は構わず尋ねる。
「ママ、“シャーロット”って誰? 私と同じ名前だわ」
「それは、あなたのおばあさまの名前よ」
「おばあさまの?」
 思わぬ答えに、私は目を瞬いた。
「それじゃあ、ママは私に、おばあさまの名前を付けたの? 仲が悪かったんでしょう」
 それは、ここへ来る道すがら、ぽつりぽつりと聞かされた話だった。
 ママのママ、つまりおばあさまは、ママのことを女手一つで育て上げた。ママのパパは、と私が尋ねると、ママはかぶりを振った。おばあさまは、ママのパパについて教えてくれなかったのだという。だから生きているのか死んでいるのか、もはやそれさえママにはわからない。
 おばあさまは、厳しい人だった。頑固でもあったし、お世辞にも愛想がいいとは言えなかった。ママはそんなおばあさまに逆らい、ロンドンに働き口を見つけて家を出た。
「そうよ。確かに、ママはあなたのおばあさまのことを好きにはなれなかった。でもね、尊敬はしていたし、育ててもらったことに感謝もしていたの。大事な娘に、あの人の名前を付けることが、ママにできる唯一の親孝行だったのよ」
 私は手帳を胸に抱えて、もう一度おばあさまの部屋へ戻った。ベッドに腰を下ろすと、まとめていた髪から一本ピンを引き抜く。
 小さな鍵穴にピンを差し込み、二、三度動かすと、手帳の鍵はカチッという音とともに呆気なく開かれた。
 くたびれた革の表紙をゆっくりめくると、砂漠色の中表紙が現れる。そこには、ふたつの日付が並んでいた。それは十年以上の隔たりのある日付で、インクや文字の様子から、違う時に記されたものであるということが伺える。私の胸は高鳴った。これはきっと、おばあさまの日記なのだ。日付は、書き始めと書き終わりの日にちなのだろう。十年と少しでこの厚さなら、毎日書いていたわけではないようだ。

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