小説

『晴れた夜の習慣』和織(『夢』リルケ ライネル・マリア)

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 君が今日も眠れないことを知っているから、僕は今日も早めに食事をとり、少し休んでから風呂に入って、十分にストレッチをし、寝具の状態を確かめてから、ベッドへもぐり込んだ。
 とてもリラックスした状態で待っていると、心地よい睡魔が、微笑みかけるようにやってくる。今の君にはとても手にすることの出来ないであろう、健やかな眠りだ。そして僕の目が、また空へ上がる。明るい時間には、いつも僕自身がそうであるように、こちらから覗きこんでさえ、君に見てもらえることはないだろう。こんなにもじっと君を見つめ続けることだって、許されない。でも、この「夜」という暗い時間が、僕の目を輝かせて、君の視界へすんなりと足を踏み入れる為の権利を与えてくれる。だから君はときどき、僕の目をしっかりと見つめることすらあるのだ。そう、僕らの目と目がしっかりと一本の線で結ばれる。明るくては、とてもこうはならない。
 もう夜には少し肌寒くなってきたというのに、君は相も変わらずベランダへ出て、煙草に火をつける。アルコールの入ったグラスを持った手は枯れ木のように痩せている。目元の隈にまた不摂生を蓄積させることも、伸びすぎた前髪も、気にもしない。きっと目を背けるのに丁度良いのだろう。でもその、何だかは知らないけれど、それから目を背ける瞬間にさえ、君は僕を見ない。何も、誰のことも見ようとはしない。すぐそこに倒れ込むことのできるマットレスが在ることに気づけば、君はたちまち今の自分を見失ってしまうから。君は、今の自分が割と気に入っているのだ。一体いつまで飲み続けられるのか、自分を為しているように、ずっと酔っている状態。そんな君を、僕は君より気に入っているし、そんな自分に、もしかしたら君よりも酔っている。
 ここまで目をコントロールできるようになるまで、僕がどんなにか努力したか、君は知る由もないが、それでいい。全てはこの偉大な夜からの思し召しなのだし、努力とは自分自身の中にのみ積み重なるべきものだ。僕は、君を奪おうとはしない。何も詮索しない。強いたりしない。想いが伝わっていることを確かめたから、もうただ待つだけだ。だから君が、僕を受け入れようが拒もうが、或いは酷く傷つけたられたって構わない。それが君なら、それでいい。
 予報では、明日は雨だ。この素敵な闇が、たちまち忌々しいものに変わってしまう。明日は僕もきっと、食事なんかろくにとらずに、酒を飲むだろう。さっさとシャワーを済ませ、もちろんストレッチなんかで体をほぐすこともなく、缶に入った飴玉みたいに眠るのだ。雨や曇りの日が続くと、僕の健康は損なわれていく。しかしそれも悪くないと、また空へ上がったときに思うのだ。ずっと健康でいることよりも健康に悪いことはないのだから。
 愛おしい彼女が、自分自身をうっとおしがるように髪をかきあげた。そんな様子を、僕は微笑ましく思ってしまう。ああ、それにしてもたくさんの目だ。僕のような人間が、文字通り星の数ほどいる訳だ。そして皆同じように、誰かの名前を呼んでいる。まるでそれがもう自分のものであるかのように、何度も何度も、その人以外のものの為に、その人に誂えられた名前を。

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