小説

『金太郎の恋』露風真(『今昔物語』)

 「頼光様の姫はどうであった。姫は、姫はおられたであろう」
 金時は無遠慮に聞いてくる綱に答えず、大きい顔を真っ赤にすると、碓井うすい貞光さだみつ卜部うらべ季武すえたけにあいさつをした。だが、あいさつが終わらぬうちに綱がまた問うた。
 「お主、姫を見知っていよう。まさかあの姫を未だ存じないとは」
 金時は綱から顔をそらすと、頭に姫を浮かべながら答えた。
 「今日、初めてお会いできた・・・」
 「で、どうであった。さぞ美しかったであろう」
 金時は綱を睨んだままで答えない。綱も不愉快な眼差しを金時に返して、それ以上は尋ねようとしない。すぐに季武が金時に代わって口を開いた。
 「誰が見ても美しい者は美しい。ひと目でそう思うものだ」
 「いや、何度見ても美しいのが美しい人だ」綱は笑いながら言うと、敵意を含んだ視線を三人に浴びせながら続けた。
 「わしの勤めはこれまでだ。殿にあいさつして帰るとするか」
 綱が去ってすぐに詰所は何時もの雰囲気に戻った。後に残った三人は車座になり、簡単な夕餉をとりながら世間話を始めた。
 「良い季節になったな。まもなく賀茂の祭りじゃ、どうだい我らも参詣するかい。去年も三人で参ったし」
 「それも良いが、祭りのあくる日の行列の見物に行こう。多勢の人が出るよ」
 「そりゃ、良い。行列の見物と言うより、目当ては行列見物の見物だな」
 「ぜひ三人で行こう。多くの女車も出るだろうな。我らは綱と違い東国育ちだ。ことにきらびやかな女車を見ただけで、のぼせ上がってしまう」
 「きらびやかと言えば、行列の先払いや従者の装束もはなはだしいな。男子おのこがきらびやかに着飾ると、見ていて何やら照れくさい。特に検非違使どもがピカピカの衣装で行列をしているとアホくさく見える」
 「全くだ。派手に着飾るのは若い女子に限る。なにしろ娘たちは大勢の見物人に見せるために集まるのだからな。これを見なくては娘たちに対して申し訳ない。ぜひとも見物に行こう」
 金時はニコニコしながら相づちを打っていたが、ふと頭に着飾った頼光の娘の姿が浮かんだ。
 「たしか、殿の姫様も見物に行くと申していた」
 金時の口からこぼれた言葉は、貞光と季武の耳に入るなり両人の頭にも姫の姿を浮かばせた。そして期せずして三人の心に、姫に会えるかも知れぬという灯火が点った。ただちに季武の口が開いた。

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