小説

『千鶴残酷物語』hirokey(『鶴の恩返し』)

 千鶴が完成した反物を手渡すと、男は千鶴の荒れた唇に、なおざりなキスをして去っていきます。男の背中を見送りながら、千鶴は唇に指先を当てて、かすかに残ったぬくもりを少しでも感じ取ろうとしました。

 コンテナ生活が始まってから一ヶ月後のある日。
ハイエースの排気音を耳にし、コンテナの扉を開けた千鶴の眼前には、男の、鬼のような形相がありました。
「おい」
 別人のような胴間声。男は何かをコンテナの床に叩きつけます。それはよく見れば、千鶴が今朝仕上げた反物でした。
「品質が落ちてる。買取価格を下げられた」
 確かに、最初に作り上げた反物と比べれば、生地の色艶も、手触りも、模様の精緻さも、なにもかも劣っています。
「ごめんなさい。わたし、休みなく働いてるから、疲れてて――」
 男は千鶴の顎を乱暴に掴みました。
「いまなんつった? 『働いてる』? おまえ、そういう感覚で機織りしてたんだ?」
「ち、違う、わたし、そんな意味で言ったんじゃなくて」
「よくわかった。おまえはもうおれのことが好きでもなんでもない、機織りなんて今すぐやめて、自由になりたい。そういうことだろ」
「違うっ!」
 千鶴は涙ながらに訴えました。
「わたしは……あなたのことが好き。大好き。だから、この機織りだって、自分の意志で、好きでやってるの。少しでもあなたのためになればって……」
「矛盾してんだよ。商品の売上落ちたらおれが困るって分かるよな?」
「う、うん。でもっ」
「言い訳は聞きたくねえんだよ!」
 男がコンテナの壁を叩き、ガァン、と重い音が反響しました。
「訓練校のやつらとの付き合いとか、他の友だちとかの飲みとかさ。なにかと金が入用なわけ。おまえ、おれがハブられて、訓練校行く気なくして、再就職できなくなってもいいの?」
 乱暴な論理のすり替え。しかし、機織りの疲労と男の愛を失う恐怖で、千鶴から正常な思考能力はすっかり失われていました。千鶴は男にすがりつきます。

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