小説

『桃太郎Take2』散田三郎(『桃太郎』)

ツギクルバナー

 村の外れの陋屋に、老女と少年が住んでいた。老女の夫である老人は、遥か昔に山に芝刈りに行くと言い残したまま逐電した。彼の行方は現在も不明である。
少年はかつて捨て子だったが、老女によって育てられた。老女は憐憫によって少年を育てたのではなく、育て上げてから街の稚児買いに売りつける為だった。祖母は孫に名前を付けようともせず、ただ「お前」と呼び続けた。頑固で偏屈で、人付き合いが嫌いな醜い老女は、少年にも他の子供達との交流を禁じた。そして、少年が外に出ようとするのを止めるため、小さい頃から言い続けてきた。一人で勝手に表に出てはならぬ、出ればたちまち怖ろしい鬼に喰い殺されるであろう、と。少年はその言葉を純粋に信じた。

 友達のいない少年は、常に空想の世界に浸っては、自らの創り出した物語の顛末を老女に話した。それらは何ら起承転結もない、とても物語と呼べる代物ではなかったが、少年は常に何かを話さずにはいられなかった。老女はその度に無視するか叱って黙らせた。
 少年は頻繁に頭が重くなり、もやもやした霞が掛かる様な症状に悩まされた。そして意識を途絶えさせた。気が付くとただ卓の縁や自分の手をただ見詰めているだけ、という事は日常茶飯事だった。だがその事を祖母に訴えようとはしなかった。心配を掛けたくなかったからである。そのような心配をするような祖母ではない事を、彼は知らない。

 ある日、少年はだしぬけに祖母に問うた。
「どうしてぼくには、お父さんもお母さんもいないの」
「お前は桃から生れたからさ」
 この時代、既に桃太郎の物語は広く浸透していた。祖母は無造作にその話を伝えただけだった。だが祖母の言う事を疑うことを知らない少年にとって、この答えは衝撃だった。自分がかの有名な英雄である桃太郎さんと同じ生れ方をしたなんて。
「うれしいな。ぼく、桃太郎さんと同じ生まれ方をしたんだ」
 祖母は反応しない。
「じゃあぼく、いつか鬼を退治に行くよ」
 祖母は反応しない。
「そしてね、鬼を退治したら、お殿様から褒美を貰って、それをお祖母さんにあげるよ」
 祖母は反応しない。
「それで、その、ぼくの入っていた桃はどうなったの」

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