小説

『千年に咲く花』丹一(落語『竹の水仙』『ねずみ』)

 黒山の人だかりが見つめるなか、象山が立会人となって異例の彫刻勝負がはじまった。
「江戸彫石川流の奥義を窮めた石川雲蝶と申す。いざ尋常に勝負致そう」
「オレは流れの大工で、小林源五郎というケチな者さ。ひょんなことから勝負になったが、そんなに気負わず愉しもうか」
 厳つい貌で睥睨する雲蝶に、源五郎が頭を掻きながら挨拶した。
「それでは両人。お互いの技量を凝らして、彫刻勝負はじめっ!」
 象山が合図すると、雲蝶が流水のごとき淀みない動きで木塊を彫りはじめた。そして、瞬く間に獰猛な虎の木彫りを完成させた。
 対する源五郎は「よろしく頼むよ」と右腕に語りかけ、林檎を剥くように鑿を掌で転がした。そして、小さな鼠の木彫りを完成させた。
「源五郎さん、そんな玩具では駄目だよ」
 と鼠屋の娘が落胆の声をもらした。むべなるかな、野次馬からも失望の野次がとんだ。
 すると、源五郎の掌に載った鼠の木彫りが動きだした。チュウチュウと鳴きながら走り、雲蝶の虎に飛びかかったではないか!
「なッ!?」
 娘や野次馬ばかりか、雲蝶まで驚きの声をあげた。
「鼠のヤツが大きな猫と勘違いして、雲蝶殿の虎に噛みついたみたいだな」
 飄々と源五郎が云うと、雲蝶が顔を赤らめて頭を下げた。
「失礼ながら、貴殿を侮っていました。今一度、真剣勝負でお願いします」
「良いよ。では、花で勝負しようか」
 あらためて、再勝負となった。
 雲蝶が渾身で彫刻するが、源五郎はまたもや右腕に「今度は花だ」と囁いた。
 そして、双方の技量を賭した作品が完成した。片や雲蝶の彫刻は、見事な竹の水仙である。ところが、それは花ではなく花咲く前のつぼみであった。
「見事な竹細工だが、演目の花ではないぞ」
 これや如何にと象山が警告すると、
「されば、それがしの水仙を水に漬けてくだされ」
 雲蝶が云うのでその通りにすると、あら不思議、水に漬かった水仙のつぼみが割れて、あざやかな花を咲かせたではないか!

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