小説

『終戦花見』清水その字(古典落語『長屋の花見』)

 そうしたら今、生き残ってはいないだろう。末期の時局で、技量未熟な若手パイロットの行く先は、確実に戦果を上げられる作戦……上層部がそう思い込んでいる作戦、すなわち体当たりによる特攻以外になかったのだ。こうして仲間たちと共に、ヤマユリの花を眺めながら歌うこともなかったはずだ。
「高度取ること一千五百 垂直旋回、宙返り」
「背面飛行で操縦桿にすがりゃ」
「戻す操作が 分からない」
 歌が終わったとき、ふと甘い匂いを感じる。ヤマユリは日本に自生している花の中では匂いが強い。地面に置かれた三つの白い花は、しっかりとその存在を示している。
 吉澤の脳内に教官の言葉がよぎった。日本は負けたが、まだ戦いは終わっていない。国の舵取りを誤った連中に変わって、我々がもう一度日本を作っていくのだ。だから生きろ、と教官は言った。厳しかった教官に『生きろ』と言われた瞬間、死んではならないという思いが湧き上がった。元々特攻隊へ行くことは覚悟の上だったし、死は怖くなかった。最初は神奈川県の厚木基地が徹底抗戦を主張していると知り、そこへ加わって死ぬまで戦おうとまで考えていたのに。
 今は不思議と、生き残れて嬉しかった。ヤマナシの木の下で、ヤマユリの花を眺め、仲間たちとふざけ合っていられることが、本当に嬉しかった。
「……死ぬのが怖いと思うのは別に、恥ずかしいことじゃないよな」
 はっと顔を上げると、言葉の主である有島がいつもの笑顔を浮かべていた。
「おれ、生きていられて良かったよ。死ななくて良かった」
「そうだな、俺もだ」
「……俺もさ」
 吉澤は憑き物の落ちたような気分になった。死を怖れなかったのではなく、怖くないと自分に言い聞かせ、思い込んでいたのだと気づく。それは自分だけではない。皆そうだったのだ。
 その頃になって、ヤマユリの匂いに混じり、食欲をそそる香ばしい匂いが漂った。そろそろ良い具合だろうと、木の枝で山ごぼうを火から引き出す。三人は先を争うように、黒く焦げた根っこを手に取り、齧り付いた。香ばしさと大地の風味が口一杯に広がった。単に焼くだけで、味付けはない。アク抜きなどしていないし、焼き方もいい加減なので焦げている。都会でまともな食事をしている人間からすれば食えたものではない。だが少量の玄米飯ばかり食べていた舌と腹にはご馳走だった。ヤマユリの白い花、ヤマナシの瑞々しい緑の葉を眺めながら、次々と山ごぼうを頬張る。

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