小説

『終戦花見』清水その字(古典落語『長屋の花見』)

 赤い炎がゆっくりと広がり、パチパチと音を立てる。それをぼんやりと眺める有島。水で冷えた手を火にかざす吉澤。村上は収穫した食料を火へと放り込み、燃えないところにヤマユリの花を並べて飾った。そして、例の瓶を手に取る。
「よし、吉澤」
 満面の笑みで、瓶の口を突き出してくる。中では緑がかった水が淀み、底の方に木屑だの、ヨモギの葉だのが沈殿していた。さながら沼だ。
「グッといけ!」
「嫌だ!」
 即答だった。瓶の口を押し返すと、有島がゲラゲラと笑い出した。
「遠慮するな、食料を調達してくれたお礼だ」
「お礼でやる仕打ちかよ! 自分で飲め!」
「あははは。そうだよ、言い出しっぺなんだから村上が飲めよ」
 有島は笑いながらも吉澤に加勢する。止むを得ず立ち上がった花見隊長は、そこまで言うなら飲んでやろうとでも言いたげに胸を張り、瓶に口をつけた。瓶の尻をぐっと持ち上げ、中のヨモギ汁をぐいっと口に含む。その瞬間、彼の細い顔が破裂寸前の風船のように膨らんだ。どんぐり眼を白黒させながら、吐き出しそうになるのをこらえて飲み込もうとする。見ている二人は笑いをこらえるのに必死だった。
 ここで吐いては花見隊長の面目に関わるとでも思ったのだろう。グビリ、と大きな音を立てて飲み込んだかと思うと、途端に咳き込んだ。そして、笑い出す。
「わははは! いい酒だぁ、酔った! 俺は酔ったぞぉー!」
 突然酔った酔ったと連呼したため、有島が心配そうな顔をした。楽天家の彼がこんな顔をするのは終戦を知ったとき以来だ。
「変な毒草でも混ざってたのかな?」
「いや、こいつはこれで正常だ」
 気で気を養う。村上はあくまでも「酒のつもり」で飲んでいるのだ。実際に酒を飲んで酔ったことなどないはずだが、船乗りの家に生まれた彼は酔っ払いを多数見ている。酔態の真似もなかなか迫真の演技だった。
「う~、酔ったぁ~、うぅ~。酒飲んで酔ってるんだぞぉ、エェ、吉澤!」
「ことわらなくていいから!」
 肩に手を回し、からみ酒を演じられては苦笑するしかない。とりあえず吉澤としては自分がヨモギ汁を飲むのを避けたかった。

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