小説

『終戦花見』清水その字(古典落語『長屋の花見』)

「まさかこれが酒の代わり?」
「落語じゃ水増しした番茶だったぜ。お茶だって植物なんだから同じだ」
 しれっと言い切る村上。とりあえず辺りに自生しており、かつ食べられる草ということでヨモギを選んだのだろう。
「お前は海育ちだから知らないのか? ヨモギは春に新芽を摘むもんだ。それを団子とかに混ぜてな……」
 植物の知識に自信のある吉澤は、ただちに正論を展開しようとする。しかし村上はそれにも勝る正論を出してきた。
「団子なんて贅沢なものがどこにあるんだよ」
 もっともなことだった。戦局が悪化するまで、軍隊の食事はむしろ娑婆より良いものが出たし、白飯が食べたくて志願する者も多かった。だが海軍が野辺山に基地を構えたのは、空襲にさらされず訓練できる場所が他になくなった頃。つまり敗色濃厚な時分である。真っ黒な麦飯だの玄米飯だのを少量食べられるだけで、消化不良を起こす隊員も続出した。吉澤は比較的胃腸が丈夫だったのでよかったが、半ば便所の住人となっていた奴も多い。
「つまり何か、花の咲いてないヤマナシの木の下で、ヨモギの汁をガブガブ飲んで、ピーピー下痢しろってことか?」
「いや、それだけじゃつまらないからご馳走も用意しようと思う」
 村上は得意満面という顔だ。吉澤としては「ピーピー下痢しろ」の部分くらい否定してほしかった。
「ご馳走……お前の聞いた落語じゃ、卵焼きの代用で沢庵だったか?」
「沢庵なんて贅沢なものがどこにあるんだよ」
 再び正論を言われる。沢庵を贅沢品と言い切ってしまう戦友と、事実その通りという現状が悲しくなってきた。
「じゃあまさか……ギンバイなら嫌だぞ」
 周囲に誰もいないのを確認し、声を潜める。ギンバイとは銀蠅、要するに食料泥棒のことである。無論規則に違反するが、海軍では慣例行事と化していた行為で、見つかってもせいぜい殴られる程度で済んだし、上官によってはストレス発散のためとして見逃してもらえることもあった。吉澤たち野辺山の訓練生も、終戦後に一度試みてみたのだが、全員一回限りで懲りた。夜中に台所へ忍び込んで首尾よく米を盗んだのはよかったが、夜中に炊くこともできず、皆で生米をボリボリ食べる羽目になったのである。しかも朝食用の米を盗んでしまったため、翌朝の朝食がいつに増して悲惨な状態になったのは言うまでもない。
「あんな間抜けなことはもうしないさ。何のためにお前を誘ったと思ってるんだ」
「ああ……」

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