小説

『Modernカッサンドラ』縹呉藍(アポロドーシス著『ギリシア神話』)

 運命の三女神は、それまで幸せ一色だった私達家族に、最後に大きな不幸を落としたのだから……父と、双子の兄を除いて。

 幸福の崩壊の最初の罅割れは、三人目の兄の登場だった。
 母は二人姉妹の妹だった。その母の姉、つまり私の伯母は故人だったが、一人の子供を遺していた。シングルマザーとして生きるつもりで父親の名を明かさず、また名乗り出てくる者もいなくて、その子供は母方の祖母(祖父はもう亡くなっていた)のところに預けられていた。
 その子供が、母方の祖父母が亡くなってしまったので、またぎりぎり未成年で保護者が必要だったので、私の家族に養子という形で迎え入れられた。父母両方の希望だったらしい。
 その新しい兄に初めて会ったとき、私には『分かって』しまった。
「この人は私たち家族に大きな不幸を齎す」
 だから、私はこの兄を拒絶した。そうするしかなかった。
 だって、どうして言える?私は予知が出来て、そうしたらこの新しい家族は我が家に不幸を招く存在だと判ったから家族から追い出せなんて。どうせ信じられないし、酷い事を言う子だとされてしまうに決まってる。小さい頃に母親を、そしてついこの前に親代わりの祖母を亡くした可哀想な少年に対してどうしてそんなことを言うんだって。
 この兄は何か嫌いだ、というしかなかった。彼に対して敵意を露わにすることしか出来なかった。
 自覚しようとしまいと、この新しい兄はいつか幸せを壊す敵なのだから、私が何年も必死で守って来た幸せを打ち砕く奴なのだから、仲良く暮らす事なんて、私には出来なかった。
 どうせ、何をしようがしまいが、予知してしまった家族に襲いかかる不幸はもう変えられないことなのに。
 傍目には私達家族が幸福はあまり変わらなかったけれど、私と新しい兄を中心に何かが歪んでいったし、私の中にはもう幸福なんて無かった。
 在ったのは、いつ終わりが来るのかという恐怖と、諦められないことに対する焦りだけ。

 5年後、新しい兄が大学卒業間際に恋人を連れてきた。
 結婚を考えていると言って、実際、仲睦まじいカップルだった。
 そして、家族とその人で旅行に行こうという話になった。兄の卒業祝いと将来の家族と交流を深めようという意図だったんだろう。
 私と、双子の兄は行かないことにした。私はいつも通りの新しい兄に対する憎悪から、兄と少しでも離れていたかったからで、双子の兄は学校の部活に行かなければいけないとか言っていた。

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