小説

『黒いパンプス』大前粟生(『シンデレラ』『ラプンツェル』『金太郎』)

 私の班はとてもうまくいっている。継母も義理の姉たちも、そうなることを苦に感じてはいない。他の班の悪役たちは、どうして自分がシンデレラじゃないのかと頻繁に抗議活動をしたりしている。今もどこかの班の悪役がストライキ中のようで、その班の物語では母親を亡くした女の子が舞踏会にいきたいでも衣裳がないし馬車もないわとかああ舞踏会にいきたいなんて願うけれど、切実さややりきれなさがそこに込められていないから魔女が彼女をガラスの靴を履いた美女に変身させたりしないまま物語は終わる。王子はシンデレラではなく王様が用意しただれかと結婚するし、魔女もたぶん忙しいから特に彼女の前に現れる必要はないと考える。彼女は父親とささやかに暮らす。まぁ、ハッピーエンドといえばハッピーエンドだ。途中でつらいことが起こらなかったのだから、とてもすばらしい物語かもしれない。
「その子ね、死ぬ少し前から『月からお迎えがくる』っていいつづけてたらしいのよ」義理の姉たちが私に殴る蹴るなどの暴行を加えながらいった。
 最近では私の班の継母と義理の姉たちはシンデレラ役をするよりも悪役でいることが心地いいらしい。学校のなかには〈悪役の人権を守る会〉とか、他にも悪役主体の団体があって、その人たちのいうところでは「悪役は今まで悪役であるが故に一般の人たちに嫌われて、白い目で見られてきた」らしい。そんなことはない、と私は思う。悪役ってとっても魅力的だ。常識とか倫理観とかを越えたことをすることができるのだ。それはすばらしい特権であり、社会のルールを破る悪役たちはだれかのストレスを代わりに発散してくれているかもしれない、だれかの犯罪を抑制しているかもしれない、と思うけど、この学校の生徒で、しかも清貧なシンデレラ志望である私は立場上そんなことは大っぴらにはいえない。
「あー、役と混ざりあっちゃったんだねぇ」と私がいった。もう継母と義理の姉たちは舞踏会に出かけてしまった。「でもそれってすごい、プロフェッショナルだと思う」私は魔女に向かってそういう。「周りの人には迷惑かけちゃったかもしれないけどさ」質素な私がきらびやかなドレスとガラスの靴を履いたシンデレラに変身する。「その子はかぐや姫として死んだわけじゃん?」かぼちゃの馬車が出現した。「気が狂うほど、かぐや姫のことだけ考えて、ほんとにかぐや姫そのものになっちゃったんだよ。月にいったんだよ」さっきから王子が私を踊りに誘いたそうにしている。「私にはそんなことできない」だれあの子、きぃー、という感じで義里の姉たちが地団駄踏んでいるが、じきに私の踊りに魅了されてしまう。「私もさぁ、というか私らみんなそうだと思うけど、ヒロインになるんだって夢見てここに入ってきたわけじゃん。それで、夢を見つづけて何年も過ぎて、ようやくわかったんだよね」12時の鐘が鳴って、私は急いで城をあとにする。「夢を見つづけてるだけじゃ、夢は叶わないんだって」パンプスではなく、学校側が用意したガラスの靴が脱げる。「夢じゃなくて、目標としてヒロインになりたい人だけが、最初からその意識がある人だけが報われるんだよね」王子が町中の女にガラスの靴を試着させる。王子は講師が担当している。「まぁ、一部の才能がある人たちはちがうんだろうけどさ」昔シンデレラ志望で、学校を出たあとコンテストで賞を取ったりしてかなりいい感じだったけどいい感じ止まりだった人が学校の講師をしたりする。「うちらって才能ないじゃん」または現役のシンデレラになれたはいいがパッとせず、収入に困った人とかが講師の依頼を受けたり、自分で売り込みにきたりする。「才能ないくせに、ヒロインになることをゴールにしていて、その先のことなんか考えてない」ガラスの靴が私に収まると同時に授業終了のチャイムが鳴って、私はシンデレラではなくなって、ただのシンデレラ科の女の子になった。

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