小説

『T大学文学部のメロスと申します。』伊藤佑介(『走れメロス』)

T大学文学部
メロス様

株式会社ディオニス採用担当です。

先日は弊社新卒採用の選考にお越しいただき、誠にありがとうございました。
メロス様におかれましては、慎重に詮議を重ねた結果、今回の採用は見送りさせていただくことになりました。
何卒ご了承いただきますようお願い申し上げます。
メロス様の今後ますますのご活躍をお祈り申し上げます。
敬具

 メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の企業を除かなければならぬと決意した。メロスには学生時代頑張ったことも、周囲を巻き込んで主体的に行動したこともない。家で寝て暮して来た。けれども履歴書一枚で落とされたとなれば、敏感にならざるをえなかった。
 メロスにとってその会社で働くことはちょっとした憧れであった。その会社の採用ホームページの中にあった新入社員紹介というページを見て、未来の自分をそこに重ねニヤニヤして毎日を過ごしていた。「就活生の皆さんへメッセージ」という項目があって、新入社員たちがそれぞれメッセージを書いていた。メロスは来年自分がそのメッセージを書くことを妄想していたのだ。ぐふふ。
 そんなメロスのシナモンシュガーな妄想は一瞬にして砕かれた。がらがら。たった一通のメールによって。何卒ご了承いただきますようお願い申し上げます、だと。ご了承しません、と返事したい。せめて「就活生の皆さんへメッセージ」だけは書かせてくれ。悔しい。こんなに悔しかったことは大学に入ってからはなかった。もちろん家で寝て暮らしてきたからだが。
 そんなことを考えているうちにも、次の面接の時刻は近づいていた。気持ちを切り替えねばならぬ。
 今日昼過ぎメロスは家を出発し、電車に乗って埼玉から抜け出し、この東京の地に面接を受けにやって来た。
歩いているうちにメロスは、街の様子を怪しく思った。ひっそりしている。なんだか街全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。路で会った若い男をつかまえて、何かあったのかと質問した。男は答えなかった。メロスは両手で男のからだをゆすぶって質問を重ねた。男は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

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