小説

『銀河モノレールの海』梅屋啓(『銀河鉄道の夜』)

 晴樹の言うことは正論だ。俺は何も言い返せなかった。確かに、自分ならやれる、できると思ったからこの島を出た。養成所に通ってスキルを磨いて、オーディションを受けまくる。一歩ずつでも、昨日より今日が良くなっていれば、いつか必ず夢は叶う。そんなことはわかっているんだ。ただ、今自分が置かれている状況と現実に理不尽さと面倒くささを感じて嫌気がさしているだけなのだ。

 会話のない時間がしばらく続いた。日が傾き、夕暮れの空を夜の闇が覆い始めた。空がオレンジ色に染まっていた時間は短く、車窓は徐々にシートに座る俺の顔を鏡のように映しだしていった。つまらない俺の顔がそこにあった。列車が少しずつ速度を落として、やがて完全に停車した。まだ銀杏島に到着するまで三十分以上あるはずだ。
「あれ。こんなとこで止まるのか」
 俺が不思議そうに車内を見渡すと、ふいに車内の照明が消え真っ暗になった。それと同時に車窓に移っていた俺の顔が満天の星空に包まれた。
「わ。すげえ」
 海のど真ん中だ。都会の高層ビルやきらびやかな看板、空を区切る電線も何もないどこまでも続くコバルトブルーがそこに広がっていた。俺は窓に張り付くようにして、きらきらとゆらめく水面に吸い込まれていった。
「星也、降りてみよう」
 晴樹がそう言って立ち上がった。
「降りる?こんなところでか?」
「天の川展望台。外、見に行こうよ」
 俺は晴樹に促されるままに後に続いて列車を降りた。河浜から銀杏島までノンストップだと聞いていたが、新しく駅ができたのだろうか。とはいっても海のど真ん中だ。外に出たところでどこへ行くでもないはずだ。二つの車両をつなぐ自動ドアをくぐってデッキに出ると乗車扉が開いて、ひんやりとした空気が車内に流れ込んでいた。俺は晴樹に続いて列車を降りた。足元の小さな間接照明に照らされたホームに降りると、目の前に広がる光景に俺は息を飲んだ。俺が座っていた座席とは反対側の海に、月が上っていた。薄くかかった雲が端っこを月明かりで真綿のように白く光らせながらゆっくりと風に流されている。数えきれないほどの星が瞬き、コバルトブルーの海がその光を反射して、空と海の境界線を曖昧にしていた。月から放たれる光が一筋の川のように水面に流れ込み、ゆらゆらと光る様は天の川そのものだった。

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