小説

『銀河モノレールの海』梅屋啓(『銀河鉄道の夜』)

 俺が小さくそう呟くと、おばさんは「ああ」と一言、嬉しそうに言った。
「そうそう。それも言ってたわ。星ちゃんがスターになったら、それをモデルにして本を書くんだって」

――つまりさ物理的に不可能だとわかっていることを人間は夢に描かないんだ。だから星也は自分が俳優になれるってことを自覚している。今はその過程に迷っていたり、焦ってるだけじゃない?――
晴樹の声が鮮明に俺の中に蘇った。
――ほんの一瞬でも、生きていなくちゃ何も始まらないんだ――

「ありがとう。晴樹」
 俺は晴樹に一言だけそう言って、瑞貴と共に晴樹の家を後にした。瑞貴はシートベルトを締めて何も言わずにエンジンをスタートさせた。虫の声しか聞こえなかった暗闇の中を年代物のエンジン音がかき消しながらしばらく走ると、無言に耐えかねた瑞貴が口火を切った。
「いつまで居んだ。こっち」
 俺はその問いに下唇を噛んで鼻から息を深く吐き出すと、一拍置いて力強く言葉を発した。
「帰るわ。明日」
「本当け!もちっとじょんのびしてったらいいんに」
 じょんのび、は方言で「のんびり」の意味だ。けれど俺は、早くあのごみごみとしたネオン街に戻りたくて仕方がなかった。一日でも早く。戻りたくて、仕方がなかったんだ。車のウィンドウを下ろすと初秋のひんやりとした風が車内に流れ込んだ。銀杏並木を抜けて海沿いの道に出ると、コバルトブルーの空と海の境界から天の川がゆらゆらと煌めいた。
 海からなのか、空からなのかわからない遥か遠くから、銀河モノレールの警笛が、ふぁん、とこだました。

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