小説

『銀河モノレールの海』梅屋啓(『銀河鉄道の夜』)

「すみません。俺、何も知らなくて」
「いいのよ。星ちゃんに言わないでくれって、晴樹が言ったもんだから」
 おばさんは卓袱台にお茶を並べながら優しく言った。
「本土に渡って頑張ってる数少ないお友達だったからね。星ちゃんは絶対にスターになるからって。心配かけちゃうから言わないでって。晴樹が言ってたもんだからね」
 俺は何も言わず、祭壇に置かれた二冊の冊子を手に取ってぱらぱらとめくった。一冊は新聞の切り抜きが貼られたスクラップブックだった。晴樹が地方紙に寄せた短いコラムが何ページにも渡って綴られていた。
「病気がちで家からあまり出られなかったから。ずっと部屋でパソコンに向かっていろいろ書いていたみたい。小さな地方紙だけど、自分の書いた記事が載るのをいつも楽しみにしてたんだわ」
 最初は銀杏島の自然や漁業について書かれた記事だったが、後半は銀河モノレールの着工から完成までを追った記事がほとんどだった。銀河モノレールが開通することで、銀杏島がどう発展していくのか。どんなイベントが魅力的か。土産物はどんなものを作ったら話題になりそうか。銀杏島の環境に及ぼす影響なども含めて晴樹の思いがしたためられていた。
「晴樹、あのモノレールができるのすごく楽しみにしていてね。新聞社の方も晴樹の記事、ひいきにしてくれてたんだわ。それで、これ」
 おばさんは晴樹の遺影の前に置かれた封筒から小さな銀色のカードを取り出して俺に見せた。
「フリーパス……」
 それは紛れもなく、晴樹が自慢げに俺に見せた銀河モノレールのフリーパスだった。
「結局、一回も使うこと、なかったんだけどね」
 おばさんは目頭に涙を滲ませながら真新しい銀色のカードをじっと見つめて言った。俺はスクラップブックをそっと祭壇に戻すと、もう一冊の冊子をめくった。それは書きかけの小説だった。『ネオン街の銀河』と題されたその小説は、田舎町で育った一人の少年が都会に出て映画俳優を目指す物語のようだった。
「俺じゃん、これ」

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