小説

『銀河モノレールの海』梅屋啓(『銀河鉄道の夜』)

 乗車しているのは俺一人だった。中央の通路を挟んで両側に二席ずつ。座席番号が二十までだから一両の定員は八十名だ。二両編成の短い車両のうち、後方の車両でやや後ろの窓際のシートに座った俺は窓の外に延々と広がる青い空と海をただ眺めていた。
 行き先は僕の生まれ故郷である銀杏島(いちょうじま)。本州から約二百キロ沖合の太平洋に浮かぶ小さな島だ。島の大半を銀杏の木が埋め尽くし、秋から冬にかけては島全体が黄金色に輝く。
 このモノレールは、俺が今住んでいる本州の河浜市と銀杏島をつなぐ交通手段として昨年開業した。お互いの頭文字を取って「銀河モノレール」と名付けられた。このモノレールができるまで、お互いを行き来する手段は船しかなかった。当然波が高い日には船が欠航して往来が不可能になっていたわけだが、銀杏島を新たな観光地として宣伝する目的で作られたこいつのおかげで交通の便は飛躍的に向上した。
 本州の河浜駅から銀杏島まで一直線。約三時間の旅。当然途中に駅はない。海上約三十メートルの高さに建設された細いレールの上を走っていく様は、まるで列車が空を飛んでいるようだ。今日の天気は快晴。時間は午後三時四十分。太陽の日差しをきらきらと反射して輝く海の上を飛ぶように走っていく。まさに銀河モノレールと呼ぶに相応しい。
 適度に空調が効いた車内は、新車特有のシートの匂いがまだ残っている。汚れのない真っ白な壁と、ほつれのない新品のシート。聞こえるのは走行音のみ。
 三時間ずっと外の景色は海しか見えないものだから、やることも特になくポケットからスマートフォンを取り出した。ギリギリ圏外ではない。残念だ。本州と銀杏島の中間あたりだと圏外になる場所があるらしい。どうせならずっと圏外の区間を走っていてほしかった。今は誰からも連絡を受け取りたくはない。ただこうしてぼうっと、きらきら光る海を眺めていたかった。それが目的で、このモノレールに乗ったのだから。
 前方の車両に続く自動ドアがぷしゅうと音を立てて開いた。誰かがこちらの車両に移ってきたようだ。こつこつと足音が近づいてくる。通路側へ視線を向けて待ち構えていると、聞き覚えのある声が僕に降りかかった。
「やあ。久しぶり、星也」
「晴樹……」

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