小説

『約7000羽』大前粟生(『ヨリンデとヨリンゲル(グリム童話) 』)

 おばあさんが扉を開けると、風ができた。羽が、おばあさんめがけて流れていく。羽は見える空気だ。空気の流れを見えやすくしている。私は羽ばたいてみる。たぶん、鳥カゴはあなたが想像しているよりも大きい。それが約7000ある。あなたは頭のなかで大きめにしていた部屋を、さらに大きくする。羽ばたいてみるが、まだ慣れない。きっと鳥だって、子どもの方が飲みこみが早いだろう。私は大人とはいいきれないが、年齢的には子どもではない。早く飛び方を覚えたい。鳥カゴのなかだけでも、少しだけでも飛んでみたい。羽があるのだから。おばあさんはいろいろな色の雪崩を、主に顔で受け止めた。腰がとても曲がっているのだ。スキーのジャンプ選手よりも曲がっていて、だから、正面からくるものは、主に顔が受け止めることになる。けれど、おばあさんは慣れっこだ。なにしろ、約7000羽も鳥を飼っているのだから。おばあさんはマスクをして、大きなゴーグルをかけている。それでも羽が防げないのか、フクロウみたいに左右の間隔が開いた目玉は赤く飛び出していて、痩せた黄色い顔が際立っている。口のなかにだって入っているだろう。なにしろ、おばあさんの鼻は顎に届くほどに垂れ下がっているのだから、マスクはぴったりとは合っていない。白い髪の毛はとても長くて、床に届きそうだ。いや、曲がった腰のせいで本当に床についている。だから、箒はいらない。ちりとりだけを右手に持っている。髪の毛で羽を集めていく。床に落ち切らない羽は、痛んであちこちを向いた髪に絡めとられていく。だからさっき私はおばあさんの髪を白いといったが、本当は約7000の羽が混ざった色だ。おばあさんが髪を箒にしている姿はちょっとおもしろい。髪の七分目を両手で持って、ぐっと力を入れて、振るようにする。いくらパサついて硬い髪だとはいえ、振り過ぎるくらいに振らないと、髪なので、ちゃんと清掃用具にはならない。私はそんなことはせずに、ただ床を歩き回ればいいのに、と思う。そうすれば、羽が勝手に、おばあさんの体と髪の毛の間に溜まっていくのに。でも、おばあさんに提案できない。おばあさんと私の言葉はちがう。落ち羽で隠れていた床の模様が見えてきた。ペイズリー柄で、あるタイルは赤くて、別のタイルは青かったりする。きれいだけど、ちょっと色がうるさいな。

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