小説

『空の銛』清水その字(ハーマン・メルヴィル『白鯨』)

 ガラス越しに左右を見ると翼があった。緑色に塗られ日の丸を描かれた、金属の翼だ。形は三角に近い。前縁からは黒い筒が突き出している。そのまま外の景色へ目を向けると、広大なコンクリートの地面が、滑走路が見えた。そして右手側の十メートルほど離れたところに、飛行機があった。おそらく僕が今乗っているのと同じ、ずんぐりとした飛行機がもう一つあったのだ。
「秋水……!」
 写真で何度も見た、奇妙な形のロケット戦闘機。その操縦席にはよく知った顔があった。飛行帽がよく似合っている。彼女はしばらく操縦席の機械を弄っていたようだが、ふとこちらを見て、ぎょっとしたように目を見開いた。
 何でいるの。声は聞こえなくても、口の動きでそう言っていると分かった。
「こっちが知りたいよ」
 返事が分かったのかどうか。アキエさんは何かホースの付いたものを取り出し、それを指差した。酸素マスクというやつだ。これを付けろと身振り手振りで言っている。それに従い、操縦席にあったマスクを手に取る。自然と体が動き、何故か使い方が分かっていた。マスクを顔に当てるとゴムの臭いがした。バンドを後頭部へ回し、しっかり締め付けて固定する。
 突然けたたましいサイレン音が響いた。次いで、右から爆音が聞こえる。アキエさんの秋水がエンジンに点火したのだ。噴射口から小さく炎が見えた。僕を一瞥して手を振り、滑走路を走り出した。
 僕もいつの間にか操縦桿を握り、離陸準備を始めていた。どうすればいいのか手に取るように分かった。計器に目をやればどれが速度計で、どれが燃料計で、どれが高度計かすぐに分かる。夢は便利だ。
左手側にあるレバーを操作し、そこに付いたボタンを押し込む。燃料ポンプの作動音がして、少し間をおいてエンジンが唸った。
 翼のフラップを開き、パワーを調整するスロットルレバーを引くと、秋水はゆっくりと走り出した。前方ではアキエさんの機体が速度を上げていく。噴射口の周りに陽炎ができて、後ろ姿を歪ませている。こちらも後を追って加速していく。速度計の針が動き、体にぐっと圧力がかかる。慎重に操縦桿を動かし、尻尾の車輪を浮かせた。アキエさんの方はすでに地面から離れ、機首を空へ向けていた。

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