小説

『こんにちは、世界。』二月魚帆(『貉(むじな)』)

「ここ、空いてる? ひとり??」
 そう、不躾に僕に声を掛けてきた女の子……いや、こんな馴れ馴れしい感じだったら『の子』はつけたくない。女だ。首から下辺りを見遣る。白地に原色の大きな花柄のワンピース。酔っているのか、随分失礼そうだ。胸の辺りでオレンジ色の飲み物が入ったグラスを片手に握っている。僕は思わず、疲れが含まれた嘆息を小さくする。面倒な女に絡まれた。
「……はあ、空いてはいますが」
「いい? ここ」
 彼女が背の高いスツールを指差す。僕は曖昧に頷くと彼女はよじ登るようにして座った。まったくスマートさがない。背が低いせいもあるのだろう。
「私も、ひとりなんですよう。寂しくて声掛けちゃった」
 はあ、さようですか。全く興味が湧かない。しかし何も話さないのも気まずいので、僕はひとつ咳払いをしてなにか話そうと努力する。
「……一応、友人と来たんですがどっか行って喋っているようで」
「そうなの? ていうか、テンション低すぎでしょ?」
 げららっと笑う女。だからどうした、テンション高くないと来たらだめなのか。大して街コンに来たくもなかったくせに、そう言われると反発心が湧く。だからと言って僕は彼女と目を合わせる見る気力がない。僕は二度目の嘆息をする。
「……僕は失恋したばかりなんです。テンションなんて上がるわけないでしょう。コンビニのバイトの女の子に告白して、変な顔されて。そのコンビニ寄りづらくなったんで、ちょっと不便なコンビニに寄ったりする小心者なんです。おかげで会社に遅刻ギリギリ」
 ぼそりぼそり。いつもよりもさらに輪をかけた、地を這う声で説明する。僕は見知らずの人……しかもやけに馴れ馴れしい人の問いかけにこんなに丁寧に説明してどんだけ人がいいんだよ、と我ながら思う。
 しかしでも。どうせ、こんな話本村くらいにしか話すことのない話だ。全然知らない誰かに話のネタとして陽の目を見ることがあってもいいか、とも思った。僕のクズのような勇気がわずかに救われる気がする。
「……そう、だったんだあ」

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