小説

『こんにちは、世界。』二月魚帆(『貉(むじな)』)

 ”Hello World!”
 プログラミングを習う時に最初に書く、ごく簡単なプログラムでこの言葉を表示させる。それはどんなプログラミング言語でも共通だ。僕も初めてプログラムを書いた時にその言葉を表示させた。
 日本語で『こんにちは、世界』
 仕事でも、作ったプログラムの動作確認で僕が押したキーから弾き出されているこの言葉。

 でも僕自身の世界は今、開かれていない。

 
 女の子の顔がみんな同じように見える。そう、ぼんやりと思いながらカウンターで一人、ぼんやりと真っ赤なカシスオレンジに口を付ける。
 同じようなメイク、同じようなファッション。きっとみんな、そのファッションの系統は実は違い、見分けがつくのだろうけども今の僕にはすべてが同じに見える。みんなのっぺらぼうに等しい。僕にとってはただただ騒がしい。
 僕には場違いなカフェバー。ムードを計算した上で配置されている間接照明に、壁にはよくわからないけどごちゃごちゃとしたお洒落な絵が飾られている。普段ならば絶対足を踏み入れないところにこうしているのは、同僚の本村に誘われて街コンとやらに参加しているからだ。
 本村に誘われた時点では断っていた。あいつに「傷ついた恋には新しい恋が一番だ。俺が参加費奢ってやるっつってんだよ。もう振り込んだ俺の金を無駄にしたいのか? おめーは」と詰め寄られたのだ。あいつなりの優しさだとは思うのだけど。たぶん。

 僕は、半年前にずっと片思いしていた女の子にフラれた。あの様子だと、たぶん。
 思い出すと髪をむしゃむしゃと掻き毟りたくなる。

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