小説

『尾を持つ娘』化野生姜(『赤い蝋燭と人魚』)

 娘には、魚の尾があると聞いていた。
 男は早計にも、娘を人魚だと思っていた。
 だが、そもそも人魚とはなんだろう。
 人の顔に魚の身体があれば、それは、もうすでに人魚である。
 何も上半身まで人間でなくても良いはずなのだ。
 下手をすれば、魚の身体に人の腕さえあれば、それを人魚だと言っても差し支えが無い…。

 娘は、どこまで人間か…。
 いや、魚の尾を見た上で、かれらが娘と呼んでいるだけで、果たして相手に人間である部分はあるのだろうか?

『もの好きなこった。…娘の姿を見た者は老夫婦以外いないというのに』

 じゃあ、どんな姿をしているんだ?
 障子の向こうにいるのは何者なんだ?
 いや、それどころか、あの老夫婦は何をしているんだ?
 これから…何が行われようとしているんだ?

 不安が嫌にも増す中で、ふいに磯の香りが濃くなっていることに男は気がついた。それは濃くなったというより、より濃密さを増しているようで、まるでこの場所自体が海そのものに変わりつつあるような感覚に近かった。男は、顔を上げると、その原因であろう、障子戸のほうを見た。

 その途端、男は目を見開いた。
 そこには、天井まで届くかというほどの巨大な影が蠢いていた。
 そうして、それに被さるかのように、老婆の声が降ってきた。

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