小説

『蜜柑の雨』柿沼雅美(太宰治『蜜柑』)

 電車の停まる駅はどれも似たように見えた。上り下りの線路の間に灰色のホームが伸びて、ぽんぽんと白地にブルーのラインが入った駅名の看板があって、向かいには各駅停車の赤い車両が私たちの電車が来るのを待っているようだった。
 マンションの間をすりぬけるようにして、公園や歩道の上を電車が走り、私は目的の駅で降りた。ホームから改札を出て少し歩き、ショッピングモールへ向かった。私の少し前では、ちゃんゆい、が急ぎ足で同じ方向へ向かって行った。
 アパレルブランドに挟まれた入り口を通ると、丸い広場のようになっていて、広場を吹き抜けにして2階3階4階と続いていた。下から見えないところにもフロアが伸びていて、映画館やレストランの看板も見えた。
 広場に設置されたイベントステージには、既に多くの男性ファンがひしめきあっていた。それでも、天気がよく、広場には風が通って、少し冷たい空気も心地よかった。どこからかココアのような甘い匂いがして、体から力が抜けていくような感覚になった。名札をかけているだけでも重く感じていた首と肩も、肘から指先までが別人の手のように血が通いはじめた気がした。
 気がつくと、ちゃんゆいの姿は見えなくなっていた。きっとファンの列の中に入っていったのだろうと思い、少しでもステージが見えるように私はエスカレーターに乗った。吹き抜けになっているので、2階でも3階でも4階でも広場側からはステージを見下ろすことができる。私は2階のちょうどステージの真上、アイドルメンバーの子たちと前列左側のファンの人たちの頭上の位置で、手すりに上半身をもたれかけた。
 司会の男性がマイク越しに、アイドルグループを呼び、すごい人ですよ、なんとモールでのイベント最高客数らしいです!! と言った。ファンは、お腹の底から低い声を出し、その声は地面が揺れるんじゃないかと思うほど響いた。イベントに興味のなさそうな買い物客も、その声で足を止めて広場を背伸びして覗き込んだ。
 音が割れるようにしてスピーカーから曲が流れ出し、ファンは慣れたように腰から上半身を動かしたり足踏みをしたりして、各々好きなメンバーの名前を呼んだ。アイドルの子たちが出てくると、女の子のファンからも声援が飛んでいるのが分かった。

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