小説

『ザ・ガール・ネクスト・ドア』中村吉郎(『鶴の恩返し』)

 偶然は重なるもので、女性の部屋は、ケンジと同じフロアの斜向かいの部屋だった。
「オレ、ケンジって言います。ライブハウスでギター弾いているので、今度、良かったら聴きに来て下さい」
「私、カリナです。こちらのお部屋から、時々ギターの音が聴こえて、いいなと思っていたのですけど、あれはケンジくんが弾いていたのですね」
「あ、聴こえていたのですね。うるさくないですか」
「いえ、うるさくなんかないですよ。私もジャズ好きなので、嬉しいです」
「よかった」
「今日は、助けてくれてありがとうございました」
「どういたしまして」
「おやすみなさい」
 ケンジはもう少しカリナと話していたかったが、部屋の前まで来ると、カリナは挨拶して、自然に素早く部屋に入って鍵をかけた。
 ケンジには同年代の女友達は沢山いたが、特定の彼女と呼べる存在はいない。その日、カリナと話してから、ケンジは、年上の女性はいいなと思い始めていた。
 翌日、ケンジがファミリーレストランの仕事を終えて帰宅すると、ポストに宛名のない白い封筒が入っていた。封筒を開けると、中に1万円札が1枚入っている。差出人には「カリナ」と書かれていた。昨日のお礼を入れてくれたのだろうと思い、カリナの部屋のインターホンを鳴らしたが、不在なのか、返答はなかった。
 ケンジは、カリナがジャズが好きだと言っていたことを思い出し、尊敬するギタリスト、ウェス・モンゴメリーのポストカードに、「お礼、ありがとうございました。ご挨拶に伺いましたが、いらっしゃいませんでした。よろしければご連絡下さい」との文章の後に自分の携帯電話番号とメールアドレスを記入して、カリナの部屋のポストに入れた。
 カリナからの返事は、携帯にもメールにも入らなかったが、驚いたことに、1万円札入りの白い封筒は翌日も入っていた。そして、そのまた翌日も、その次の日も、毎日欠かさず白い封筒がケンジのポストに入っている。このままもらい続けていいものかどうか、さすがにケンジも不安になって来た。

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