小説

『モンキーアンドシザーズ』笠原祐樹(『猿カニ合戦』)

 「DNAや指紋なんかの鑑定技術がない時代に作られた昔話よ。名探偵が解決する娯楽サスペンスじゃないんだから」女は笑って言った。
 「それはそうですが…私にはまったく理解できない昔話です。いろいろと腑に落ちません」ため息をつきながらマスターは言った。
 「あら、マスター、ずいぶん元気なくなっちゃったのね」
 「…ええ…正直滅入りました。私が知ってる猿カニ合戦の方が安心します」
 「そう?私はそうは思わないな」
 「と言いますと?」
 「母親が殺されたから復讐する。復讐が成功して万歳万歳。これ安心する?」 
 女の声にはほんの少し、それまでなかった低音が紛れていた。
 「そう言われますとなんとも…」
 「確かにこの話、全て謎のままで終わってる。言ってしまえば投げっぱなしよね。私も気になって調べたんだけど、どこをどう読んでも謎を解明する記述は一切なかった。ほんのちょっとの伏線もないのよ。何の前触れもなく、悲劇が繰り返される。それで私思ったの。これを作った人は誰が犯人とか事件の真相とか、そんなことを語りたかったんじゃないんだろうなって」
 「どういうことですか?」
 「昔話の根幹は教訓」
 「ではこの謎の昔話にはどのような教訓があるのでしょう?」
 女は財布から一万円札を取り出しカウンターに置いた。「きっと寂しくて死ぬのはウサギだけじゃないってことよ」女は腕時計を見ながら言った。「あら。もう一時過ぎてるのね。そろそろおいとまするわ」
 「今お釣りを用意しますので少々おまちください」
 「いらないわ。こんな夜中にマスターの元気奪っちゃったから。そのお礼」帰り支度をしながら女は言った。「壊れた傘捨ててもらっていいかしら?」
 「かしこまりました。では新しい傘を今持ってきます」

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