小説

『手袋と赤ん坊』ふくだぺろ(『北米先住民の民話』)

   そのとき、漏れてきたのはマフムードの魂ではなかった。3発の銃弾がマフムードの胸に穴をあけた。1発目の穴からは真っ赤な木綿のつぼみがポロポロこぼれた。2発目の穴からは鳩が数羽はばたいた。3発目からはちいさな羊が一匹転がり出てきた。

   何が起きてるのか、さっぱりわからなかったが、撃たれたのに起き上がろうとする息子を父親はひったくって、家に連れ帰った。マフムードが家にかえるとそれぞれの素材でできたお気に入りの手袋がなくなっていた。撃った相手の肉の穴から木綿と鳩と羊が出てきて、その相手がいなくなってからも、銃を構えたアサーフはぼうっと地面をながめていた。

   アサーフだけではない、身をちぢこませながら取り巻いていた、ヒソヒソ話をしていた人々がみんな停止していた。ひとりだけ、錠前屋のハッサンが転がり出ると、羊と鳩と綿を抱いて去っていった。そうして誰が頼んでも「そんなものはしらない」2度と見せてくれなかった。

   手袋のなかで赤ん坊は満ち足りていた。革ごしにつたわる水のあたたかい冷たさが心地よかった。手袋の口は縛られていた。赤ん坊を川に流した母親である女が、水が入って溺れないようにとしっかり口を縛って、かわりに人さし指と薬指の先を切り落とした。呼吸ができるように。ナイフで切り落としながら、女の目が落とした涙が赤ん坊の額にあたったことに気づいたものはいなかった。涙が思ったのはひとこと
「あ」
そして消えた。

   切り落とされたふたつの指先から日光が降り注いでいた。赤ん坊は思い出していた。思い出すといってもまだこの世に転がり出てまもない赤ん坊が思い出すのは、母の胎内にいたころのことだ。最初に感じたのは悲しいということ。母親が泣いていたのだ。なんで泣いていたのかはわからない。ただ母親がくれる血液が「悲しい悲しい」といいながら赤ん坊の体内を巡っていった。

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