小説

『怪物さん』大前粟生(メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』)

 すいません。
――あなたはきっとリアリティを意識しているのでしょうが、ボルトの一本くらい頭に刺してきてほしかったです。縫い目くらいマジックで書いてきてほしかった。
 それは、番組側が用意してくれると思っていました。
――こちらはあなたが用意してきてくれると思っていました。そうお願いしたはずです。
フランケンシュタイン: あの、わたしは……
――あなたも、もっとマッドサイエンティスト然としてください。
 もっとこう、善良な仮面の下に狂気を隠しているような感じで!
――あなたは黙っていてください。
 でも、わたしは怪物です。フランケンシュタインさんのことをだれよりも知っています。
――適当なことをいわないでください。どうせもうこの番組は打ち切りが決まっていますし、視聴者もとっくに勘づいているのでいいますが、あなたは怪物なんかじゃありません。ただ、コスプレと妄想が趣味で、たまにエキストラでドラマや映画に出て死んでいく俳優、いや、俳優を志しているつもりでいながら、小説を書こうとして結局構想を練るだけで終わる、自作の曲をサウンドクラウドに上げるけど一時間経っても再生が0で恥ずかしくなって消す、なにかになりたいくせになる努力なんてひとつもしていないただの一般人じゃないですか。それが、なんですか。怪物になりきったりして。いや、なりきってない。それが問題なんです。
 それは、あなたがたが――。
――いいえ、ちがいます。あなたが進んでしたことです。わたしたちは機会を与えただけで、応募してきたのはあなたです。あなたは怪物なんかじゃありません。怪物はとっくの昔に死んでいます。この世界にはもう怪物なんていません。どこに怪物がいるというのですか。みんな怪物じゃないんです。あくまで人間として怪物なんです。そう、人間は怪物なのであなたは即ち怪物であるが故に人間なのですか? なにをいっているのでしょうかわたしはよくわかりません。だいたいわたしはそもそもこの番組に出演することに反対でした。マネージャーが勝手に話をオーケーしたのです。わたしは深夜の健康食品の割と長い宣伝CMが好評で町を歩いているとおばあさんが声をかけてくれるし健康食品は勝手に届くのでそれでけっこう満足していたのに、毎週のお昼! わたしが家でごろごろしていたい時間だ。わたしは苛ついていました。狼男にも吸血鬼にもミイラにもゾンビにも雪男にもエイリアンにもプレデターにも。狼男が収録後に変身したなんて、あれは嘘ですから、ええ、こういってくれ嘘をいってくれって頼まれた嘘だし、透明人間が出演した回なんてわたしが一人二役をこなしたのにギャラはいつものままだったじゃないですか。なんなんだよおい! だいたいおまえら、なんだよ。CM開けたあとのあの小話、台本に書いてんじゃないよあんなの素でできるんだよ女優なんだよ何年旅館の仲居兼素人探偵としてお茶の間をにぎわせてると思ってるんだよ「湯けむり探偵 澤野雪子の危険なおふとん」はシーズン32まで続いてるんだよあっ! ちょっとなにをする! きゃっ。離してください。セクハラだ。セクハラだ。これ、みんな見てますよ。いいんですか。無理に連れ出したりして。生放送ですよ。視聴者が――

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