小説

『No Face』植木天洋(『狢(むじな)』)

 放課後、教科書をロッカーの中に突っ込んで、バッグをリュックのように背負って待ち合わせ場所から少し離れたところに立った。待ち合わせ時間から少し過ぎている。デート(と言えるのか?)の待ち合わせに早く来すぎるのはダサい。それに、遠くからでもそれらしい女を見てみたい。目印は赤いリボンタイ。ご当地キャラ「たぬたん」の大きなキーホルダー。
 待ち合わせ場所ではたくさんの老若男女が待ち合わせしていたが、赤いリボンタイとたぬたんはすぐに見つかった。恐る恐る目線を上げてみると……
 ――か、可愛い――
 俺は舞い上がった。カオナシの正体がブスどころか、アイドル並みの美少女だったからだ。清楚で可憐、長い黒髪が同い年では珍しい。
 間違いじゃないよな?
 入念に辺りを見回して、同じ赤いリボンタイとたぬたんのキーホルダーをつけた女子高生を探す。いない。ヨシッ。心のなかでガッツポーズを決める。
 制服の襟を正して、髪型をちょいちょいといじって、少し浮かれた足取りになるところをこらえてふらふらと探し人風に彼女に近づく。俺の特徴はLINEで送っている。彼女の方から俺に気づくように、つかず離れずのところを行ったり来たりする。
 そうするとスマホに目を落としていた彼女がパッと顔を明るくして、俺に駆け寄ってきた。おお、思ったより積極的。
 「あの、ヨシヒコさんですよねッ」
 可愛い声だ。目尻が下がりそうになるのをこらえながら、昨夜鏡で練習したキメ顔を作った。
 「ああ、うん、そうだけど。あ、待った?」
 「ううん、大丈夫」
 ふふっと笑う。可愛い。俺のテンションはマックスだ。それでも、顔に出さない。ダサいから。あくまでもクールに振る舞う。
 「どっかでお茶でもする?」
 「うん」

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